4章 第8話
「ぺ、ペフニーズィで……し、仕事……?!」
俺は驚きながら思わず、呟いてしまった。
無理もないだろう。
何故なら……【ペフニーズィ】といえば、地図に描かれていない隠された国。
世界の『王族』や『貴族』、『商売大成功者』、『名声を手に入れた冒険者』等々の権力者だけが、場所を知ることを許される遊戯場。
万が一……旅の中で場所を発見したとしても、招待状を所持していないと入国は不可能らしい。
噂の一つに、世界で流通している貨幣の約四割は、ペフニーズィで流通しているというものがある。幼児でも聞いたことや、本で読んだことがあるぐらいの常識。
普通……平民の俺などは、立ち入ることすら許されない聖域なのだから。
今から、そんな場所へ行けると思うと胸が高鳴ってしょうがない。たとえ目的が仕事だとしても、興奮してしまう。
しかし、気に掛かることが幾つかある。
ペフニーズィでの仕事内容や、招待状を持っているのか? ということだ。
と、
俺の目前で立つシュティレドが、少しばかり声を張り上げて言う。
「皆んな、出発の準備をしようっ!!」
……しゅ、出発の準備? 一体、何をすれば良いのだろう?? やっぱり、正装の黒スーツとかに着替えたり?? でも、そんな服は持ってないしな。
そんなこんな考えながら周囲を見渡してみるが……誰一人、着替えようとしていない。というか……皆んな俺に背を向けながら扉を開いて、薄暗い外へと脚を踏み出している。
俺は皆を引き止めるように慌てて口を動かす。
「ちょ、皆んなっ!? 正装とかに着替えないのかっ!?!?」
お世辞でも皆の服装は、上品なものとは言えない。イリビィートに至っては、招待状を持っていても、入国許可が下りなさそうな醜い格好だ。
そんなイリビィートが俺の呼び止めに一番に反応して、ニヤリと笑みを浮かべ振り返ってきた。
そして、
「何を言っているのかしら? 正装なんて堅苦しい服装は、動きづらいじゃないの……」
ん……? 動きづらい??
「ちょっと待て、どういうことだ??」
少しばかり嫌な予感がした俺は、すぐさま問い掛けた。
すると、イリビィートの唇がユックリと開かれ……
「ペフニーズィに隠されている宝を奪いにいくのよ」
なんとなく予想していたことが、想像通りの言葉で返答された。
「ちょ、俺はヤダよっ!? そんなことは、やらないよっ!?」
俺は結構慌てながらイリビィートへ訴えかける。
しかし、悪戯めいた笑みを浮かべ聞き流すだけで、全く聞き取ろうとしてくれていない。
なので俺は、再びハッキリと自分の意思を伝えることにする。
「絶対に、俺はやらないぞっ!! 俺は犯罪者に、なりたくないんだっ!!」
と、俺の思いが伝わったのか? イリビィートの口元が動く。
よし、俺の思いがちゃんと伝わったのかっ!?
ちょっとした嬉しみを抱きながら俺は、言葉へ耳を傾ける。
直後、
「あら? 貴方はもう、犯罪者じゃないの??」
冷静なイリビィートから発せられた衝撃の一言が、鼓膜に強く響いた。
……犯罪者。
そんな単語が、心奥深くで何回も木霊する。
は、犯罪者……? 俺は、犯罪者なのか?? いや違う……俺は、無実の罪で監獄島に投獄されたんだ。脱獄したのも、自身を守る為であって……。
だから、だから……、
「お、俺は、犯罪者じゃないぞっ!? まだ、汚れなき聖人だっ!!」
……多分。
声を荒げ言い切る俺の姿を瞳に映したイリビィートは、微妙に驚きながら言葉を返してくる。
「あら、そうなの? まぁ、どっちでも良いわ。それよりも、早く行くわよ」
え? そんなにサラッと受け流しちゃうの??
……というか、何気に俺が行くことを決定されているんだけども。もう何を言ったとしても、効果が無さそうだな。
うーん……まぁ、良いか。なんたって、目的地はペフニーズィなのだから。この機会を逃すと、二度と行く機会がないと思うし。
俺は深いため息を一回吐くと、目前を進むイリビィートの背中を軽く追いかけ……不安な気持ちと興奮した気持ちを抱き混ぜながら、建物外へと脚を踏み出す。




