3章 幕間
「さっきは、すまなかったな」
桃色髪の男が、寝そべっている俺に、申し訳なさそうに手を差し伸ばしてきた。
その手は、先ほど襲ってきた時とは違い、鋭い爪は見られない。
俺に対して、敵意は無いのだろう。
「……」
俺が無言で手を握り返した瞬間、勢い良く腕を引かれ、地面から背中が離れる。
まだ起き上がろうと力を入れていなかった重たい身体を……腕一本だけで、起こし上げられた。
目前の異常な腕力に唖然としていると、男は気さくな感じで、イリビィートの方へ口を動かし始める。
「なぁ……お前が此処に居るってことは、魔王の手から獣人国を守り切れたってことか?」
……魔王から獣人国を守る??
男の発言に疑問を抱いていると、イリビィートが残念そうに口を小さく開く。
「ある者たちに計画を邪魔されてしまって……。現在の獣人国は、どうなっているか分からないわ」
言葉を最後まで聞き終えた桃色髪の男は、眉間にシワを寄せながら、
「邪魔されただって!? 一体何処のどいつが、計画を狂わせたんだっ!?」
真っ赤になっている顔を見る限り、相当腹立っているようだ。
というか……その計画を邪魔した奴って、俺のことだよな? 俺一人で、邪魔をした訳ではないが……。
内心そんな事を考えていると、男が悔しそうに吠える。
「くそっ! 魔王に、あの国の宝が奪われたら……」
そんな男の言動が、俺の胸に応える。
……魔王に宝を奪われたら、どうなるんだ。獣人国を救ったつもりが、逆に大変な事をしてしまっていたのだろうか??
良からぬ妄想が、頭にたくさん過ぎってしまう。
俺は視界に映るイリビィートの耳元へ顔を寄せると、桃色髪の男へ聞こえないような小声で呟く。
「なぁ……イリビィート……」
「どうしたのかしら?」
「いや、もしかして……お前、獣人国を……魔王から守ろうとしていたのか?」
「……そうよ。世界を壊そうとしている魔王へ、獣人国の宝が渡らないようにしていたの……」
そんな言葉が鼓膜に響くなり、俺は痛感した。
世間からは悪者と恐れられ、罵られ、嫌われている存在でありながら――影では世界を救おうと、英雄的行動をしている六魔柱の計画を俺が狂わせてしまったことに……。
「す、すまない……」
目を伏せて謝罪する俺に、イリビィートは微笑みを向ける。
「別に良いわよ。あの時、勝負で負けたあたしが悪いのだし……。それに、貴方も獣人国を救おうとしていたのでしょう?」
イリビィートの声には、心火もなければ憎悪もない。俺に罪悪感を植え付けないようにとする、優しさ以外なにも感じ取れない。
俺は俯き気味な視線を天へ向けて、静かに唇を動かす。
「イリビィート……なんか、ありがとう……」
と、その瞬間だった。
「あの……行きたい場所があるんだけど……」
――え?
唐突に発せられた声に少し驚いた俺は、右・左・背後の順々に、周辺を確認する。
すると、何か言いたそうに眉を八の字にして巨鳥に跨がる、アスモリと目が合う。
すぐさま俺は眉を潜めて、
「どうしたんだ?」
アスモリへ問い掛けた。
おどおどした口調で、返答はすぐに返ってくる。六魔柱を前に、緊張でもしているのだろう。
「え……いや……、今から故郷へ帰ってみようかなぁ……と思ってね」
「そうかなのか。だけど、今日はもう星々がハッキリ見えるほど暗いし……。なにより、その故郷までどうやって行くんだ?? もしかして、巨鳥を操って行くとか言わないよな??」
俺は心配しながら、そんな言葉をアスモリへ向けて言った。
辺りを見渡す……。
陽が沈んで視界が少し悪くなっている。こんな状況下で旅をするとなったら、色々と危険が付き纏ってしまうだろう。
巨鳥を見てみる……。
初めて見た時よりは落ち着いているが、俺やアスモリの言うことは聞いてくれないだろう。
そんなこんな思っていると、
「今まで沢山の旅をしてきたから、きっと大丈夫だっ!」
元気よく、自信ありげな言葉を叫ぶアスモリの声が聞こえてきた。
急いでアスモリに跨がれる巨鳥を見てみると、羽ばたき飛び立つ準備をしている。
どうやらアスモリは、今から故郷へ帰ると決めたらしい。
数秒後、巨鳥の両脚が地面から離れる。
同時に、
「それじゃ、また何処かで会った時は宜しくなっ!!」
そんな事を叫ぶアスモリの姿は、巨鳥と共に段々と小さくなって……遂には、視界から飛び去って行った。
アスモリの出発を見届け終え、なんとなく溜息を吐いた時、
「なぁ、あいつ……俺たちの計画に協力してくれる奴じゃなかったのか??」
桃色髪の男がポツリと呟く声が、ふと耳に入ってきた。
……計画に協力?
なんか嫌な予感してきた。
俺は急いで男の方へ顔を向ける。
すると、男と目が合ってしまい……
「なぁ、お前は……世界を救う為に、俺たちの【世界征服】という計画に参加してくれるんだろう?」
二本の鋭い牙が確認できる口元をニヤリと曲げて、優しく微笑みかけられた。




