3章 第13話
「あら、どうしたのかしら?」
イリビィートはおちょくる様に、アスモリへ目を合わせて言った。
そんな声に、アスモリは恐る恐る口を開いて、
「え? ……いや、なんか……世間の噂で流れている、六魔柱【白毛妖狐】の容姿と同じ様な感じだなぁ……っと、思って……」
世間では【六魔柱】の本名は浸透していなく、あだ名的なモノで呼ばれている。
イリビィートの二つ名は【白毛妖狐】……魔王軍の戦力として、結構恐れられている存在だとアスモリの態度で判断できる。
俺がそんな事を思っていると、イリビィートがニヤリと笑みを浮かべ、
「……教えてなかったかしら? あたしは【白毛妖狐】本人よ?」
「えっ!?」
看守が迫ってきている中、衝撃の事実に目を見開くアスモリ……。
驚愕している姿を、ニヤニヤと楽しむイリビィート……。
看守がもう其処まで着ているというのに、なんとマッタリした状況なのだろう……。
俺はほのぼのした空気をかき乱すように、大きく口を開くと、
「なぁ! 早く急がないと、看守に捕まってしまうぞっ!!」
前位置で叫び声を聴いたイリビィートは、両手で軽く耳を不機嫌に塞ぎながら、
「大声とは……下品な人ね。既に出発の準備は完了しているのだから、安心してほしいわ……」
準備が出来ているだと……?
「本当かっ!?」
俺は興奮気味に身を乗り出した。
そんな行動を暑苦しそうに見ながら、イリビィートはコクンと頷く。
「じゃあ、今すぐ出発を――」
「そう焦らないでほしいわ」
イリビィートは軽く微笑んで、巨鳥の首筋を顎で指した。
「動かないなら、動かせば良いと思うの」
「いや、どうやって……?」
俺が問うと、イリビィートは即座に尻部に生える九つ白尾をクネりと畝らせ、
「こうやって……」
尾を一纏めにして、思いっきり巨鳥の首筋に叩きつけた。
刹那、巨鳥は痛みを主張するように鳴き声を上げると、大きな翼を羽ばたかせ、空へ身を投げるように飛び出す。
「どうかしら?」
「……」
文句を言いたいところではあったが、事実……こうしなければ看守たちに捕まっていただろう。
変身した時点で、出発の準備は完了していたのか。
……ごめんなさい、鳥さん。
見たところ巨鳥に怪我はないようだ。流石に、イリビィートは手加減をしていたのだろう。
後方を振り返ると、先ほど居た島が段々と遠ざかっているのが分かる。
前方は、夕日色に染まる海一色だ。
一度翼をひろげた巨鳥の飛行速度は、徐々に加速していく。
身体に当たる風圧も強くなってきている。
「……ヤバい、振り落とされそうだ」
面を伏せて羽毛にしがみつきながら、アスモリは抑えた声で呟く。
俺も同じ事を思い、同じ体勢をとる。
そんな中、イリビィートは静かに息を吐き出しながら、
「行きたい場所が有るのだけれど、寄っても良いかしら?」
淡々とそう告げる口調に、俺は反対の意思を持つことは無かった。
「この後の予定は何も決まってない事だし、とりあえず寄って行こうぜ」
「……ありがとう」
羽毛にしがみつく俺に、イリビィートは微笑みを向ける。
それよりも、
「こんな海の真ん中で、方向感覚とか大丈夫なのか?」
今俺たちの視界は、水面以外のコレといった物は何も確認できない。位置感覚を図る建物などは見当たらないのだ。
「大丈夫よ」
イリビィートは堂々と、唇を動かし始める。
「波と風の流れや、夕日の位置や雲の動き……コレさえが分かれば迷子にはならないわ」
流石【六魔柱】といったところか……。サバイバル能力に長けている。
しかし、方位を把握したところで……
「この巨鳥のコントロールとか大丈夫なのか?」
先ほどから飛行速度が上がってきている。
それはもう異常なスピードで、気を抜いたら海面へ振り落とされそうだ。
「任せなさい」
又しても、イリビィートは堂々と口を開いた。
不安を感じた俺は、すぐさま言う。
「なぁ、ソレって暴力的なにかで支配するから大丈夫って意味?」
「そうよ」
返答はすぐだった。




