3章 第10話
仕事場である薄暗い地下階層と繋がる石畳階段を一気に駆け上ってきた俺は、息切れをしながら背後を振り返る。
視界には、鍵を手に入れようとしてきている例の男が、階段上層で立ち止まって此方をジッと見つめている姿が映った。
「やっぱり、追ってきたか……」
俺が呆れ呆れに言葉を吐き出すと、男はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、
「なんだよ? おいらが付いてきちゃダメなのか??」
「むしろ、好都合だよ」
俺の言葉を聞いた男は、フッと顔を硬ばらせて、
「なんだよ? 強がりか??」
「いや、それはお前のことだろ?」
男の顔は、完全に強がりの表情一色だ。
予想外の返答に動揺をしているのだろう。
まぁ、……追ってくる事は計画内。アスモリから鍵を受け取る姿をワザとみせて、ここまで誘き寄せた。
俺は、殻を破るんだ……。
「なぁ、お前……」
「おいらの名前は、お前じゃねぇぞ」
やかましい発言に少しばかり怒りを感じるも、余裕のある笑みを浮かべ、
「そうなのか。じゃあ、なんという名前なんだ?」
そう聞くと、男はニヤリと口を開き、
「ヴィノだ……」
「そうか。じゃあ、ヴィノ……今から俺は、鍵を守りきることを決意する」
俺は先ほど言い損ねた言葉を言い切ると、看守の目が行き届いていないであろう、自室へと駆け向かった。
ヴィノという男は、走る俺を素早い足運びで追い掛けてくる。
そんな中、逃げるように脚を走らせて、なんとか自室前まで到着したのだが、
「……くそっ! 鍵が掛かっていて中に入れないっ!」
入口である鉄格子の扉は鍵が掛けられ、固く閉ざされていた。
背後を確認してみる。
眼前に、ヴィノがニタニタと笑う顔が確認できた。
「くそ……気持ち悪い笑みを浮かべやがって……」
「失礼だなぁ。まぁ、それよりも早く渡してくれるかな?」
ヴィノは一言述べると、手枷で固定される両手を俺の胸あたりに伸ばしてきた。
手錠の鍵を要求してきているのだ。
「誰が、お前なんかに渡すかよ……」
そんなことを呟きながらキリッと睨み付けると、ヴィノは首を傾げながら、
「なんだよ? 文句があるならハッキリ言えよ」
多少ムカつく発言に、粗い口調で答える。
「あぁ……文句は山ほどあるさ。ハッキリ教えてやるよ」
俺は周囲を急いで見渡して、看守の存在がないことを確認すると、自身の手錠にみえる鍵穴に、所持している鍵の先を差し込む。
刹那、拘束されていた両腕に自由が訪れた。
手錠を外すという行動を目前で視界に映していたヴィノは、納得いかない感じに眉間にシワを寄せて、
「おいおい……コレは、看守様をお呼びしなきゃな」
「……呼べるもんなら、呼んでみろよ」
脅しを掛けてくるヴィノを手前に、俺は冷静を装いながら挑発的な行動をとった。
正直、看守を呼ばれたら困る。現在の手錠を外している姿をみられたら、ゲームオーバーだ。
まぁ、そもそも看守を呼ばせる気なんて、まっさらも無いけどな。
殻を破って、脱獄をして、セリカ達と再会するんだ……それに、未だ未だ人生やり残している事が沢山ある。
こんな所で、無駄な時間を消費なんてしてられないんだ。
俺は少し腰を曲げると、解放された両腕を胸あたりで構えて戦闘体勢に入った。
その行動を嘲笑うかのように、ヴィノはニタニタと口元を緩ませて、
「おいおい、暴力はいけないよ? 喧嘩なんかしちゃ、看守が駆けつけてくるよ??」
「……そんなこと知ってる」
暴力事件を起こしたら、騒がしい物音に気付いた看守達が止めに入ってくるだろう。
まぁ、そもそも……俺は血迷っても、暴力で物事を解決させようとは、思っちゃいないけどな。
ヴィノの瞳を無言でしばらく見つめてみる。
「……」
「な、なんだよ?」
ヴィノは目を細めて、少し後退りをした。
険悪な雰囲気の中、無言でガン見されたら誰でも、身を一歩後ろに引いてしまうのだろう。
俺は、この瞬間を待ち望んでいたんだ。
「鍵は渡さない……」
「え?」
俺はポツリと小言を口ずさむと、床に落ちている手錠を拾い上げ……動揺するヴィノの背側に向かって、一気に駆け抜けた。
今思ったが、正直手錠を外した意味はなかったな……。
内心『無駄な事をしてしまった』と思っていると、俺の背を追ってくる足音が鼓膜に響いた。
後方を振り返ると、ヴィノが顔を少し赤らめて懸命に追跡してきている姿がある。
……よし、今さっき咄嗟に考え付いた作戦だけど、コレは上手くいきそうだな。
目指すは、赤外線というモノが有るという、外へ繋がる出入口付近の大きな廊下。
あそこに入り込み、赤外線を鳴らして看守を呼んで……ヴィノが困惑している内に、一人で逃げ去るという訳だ。
目的地の距離は意外に近く、既に目前にみえる。
俺は脚の動きをグッと早めると、赤外線警備されている廊下へと脚を踏み入れた。
刹那、
――ピピピピピピピッ!!
大きなブザー音が建物内全体に響き渡った。……つまり、赤外線に触れたという証。
背後を振り返ってみると、ヴィノは目を丸くして頭を抱えている。
「クソッ! こんな状況で看守が来ちまったら、色々と勘違いされちまうっ!!」
さっきまで看守を呼ぼうとしていた奴が、看守を怖がってどうするんだ……。
俺はヴィノが慌てている隙に、手に持っている手錠で自身の両腕を固定すると、背後のヴィノに突進して地下の仕事場へと駆け戻る。
ヴィノは突進された衝動で脚を竦め、その場で大きく横転した。
俺が懸命に走り、有る程度の距離を取りおえた中……廊下前に取り残されたヴィノは、沢山の看守達に群がられ取り押さえられた。




