3章 第9話
「え? あ、あぁ……きちんと守れたぞ」
嘘はついてない……本当のことを言っただけだ。なのに何故だろう? イリビィートと目が合わせづらい……。
何となく気まずさに耐え切れなかった俺は、イリビィートが立つ反対方向へと視線を移す。
すると、脚を懸命に動かし働いているアスモリが、視界に入った。
「なんか妙に気合い入ってるなぁ……」
俺が言うと、アスモリは額に汗を浮かべながら、
「……あいつだけには負けたくないからな」
「あいつ……?」
アスモリの視線先は、先程『鍵を渡せ』と恐喝してきた男を向いていた。
「あいつのことか……」
俺は一言呟くと、脚を動かすことに専念しようと決める。
そんな決意と同時に、隣のイリビィートが小声で、
「……ひとつ良いかしら?」
「え?」
俺は、若干困りつつもイリビィートの瞳を見つめ、コクンと頷く。
「じゃあ、話を始めるわ」
俺の頷きを確認したイリビィートの話が開始する。
「なんか、隠しているでしょう?」
「えっ!?」
唐突な問い掛けに俺は一瞬、喉に唾を詰まらせてしまった。
そんな分かりやすい動揺を目にしたイリビィートは、「やっぱり……」とため息を吐く。
その後すぐに、
「何があったのか、話して貰えるかしら?」
「あ、あぁ……」
俺は一回頷くと、全てを告白することにした。
「実は……ある一人の男に、手錠の鍵が取られてしまいそうなんだ」
「渡さなければ良いだけじゃない」
当たり前のような口調の、一言が飛んできた。
「それが、渡さないと看守に……」
「貴方は何故、看守を恐れているの?」
「え?」
イリビィートからの突然な問いに、再び俺は動揺して、困惑しながらも、直ぐに、
「いや、だって……歯向かったら、さっきのイリビィートみたく、拷問とかに……」
イリビィートの身体を見てみる。
至る所に、生々しい青痰や切り傷が確認できる。
きっと、ムチなどの道具で叩かれたりしたのだろう。
そんな傷を負っているイリビィートは、俺の瞳をジッと見つめて、
「そんなに思い詰める必要はないと思うわよ?」
「……いや、意味が分からないんだが」
本当に理解が出来ない。
逆らったら、拷問などが待ち受けているんだぞ? そもそも、『思い詰める必要はない』とは、どういう事なんだよ??
俺は深く頭を悩ませ考える。
だが、やはり理解は出来そうになかった。
そんな俺を目前に、イリビィートは悪戯めいた笑みを浮かべ、
「まぁ、今のように……殻に閉じこもっていたら、脱獄なんて出来ないわよ」
俺が……殻に閉じこもっている?
一瞬にして、身体中に熱い何かが流れる感覚を覚えた。
と、
「昼の午前作業は、一旦終わりだ! 午後の部の為に、シッカリと身体を休めておけよ!」
唐突に、強面看守の声が大きく響く。
イリビィートと会話を夢中にしていた所為か、時間の進み具合を少しばかり早く感じた。
ともあれ、休憩の時間だ……そして、『鍵を守り抜く』時間の開始だ。
とりあえず、俺は強面看守に近付き一言質問した。
「あの、休憩の時間って……自分の部屋内とかで、睡眠とかしても良いんですか?」
強面看守は、眉間にしわをグイッと寄せ一瞬だけ不審そうに俺を睨み付けるが、スグに笑みを浮かべて、
「午後の作業時間に戻って来れるのなら、別に良いぞ」
「あ、ありがとうございます!」
俺は一礼をすると、イリビィートとアスモリが腰を下ろして座る地面へと駆けて行く。
そして、なるべく周りには聞こえない様に小声で、
「なぁ、アスモリ……俺に鍵を貸してくれないか?」
「え? あぁ……別に良いが……」
俺はシッカリと鍵をアスモリから受け取った。
視界の端には、鍵の手渡しの様子をジッと見つめる、例の男が確認できる。
俺は、アスモリとイリビィートに背を向け、
「んじゃ、殻をやぶってくるわ……」
そんな一言を添えて、俺は自室へと向かい駆け出す。
背中に若干、薄笑いするイリビィートの声が聞こえた。




