2章 幕間
――この墓場から宿屋までは約十分程の距離だ。往復してペリシアが戻って来るのは二十分程か。それまで婆ちゃんを抑えていれば……と、
「返せ、返せ、返せ、返せ、返せぇぇええっ!!」
婆ちゃんがイキナリ、俺の手元にあるスコップを奪ってこようと暴れだす。
ちょ、急に何なのっ!?
間一髪、攻撃を上手く避けスコップには触れさせなかったが……手首に大きな引っ掻き傷が付けられた。
重症とまではいかないが、手傷から多少の血が滴り落ちる。
くそっ……痛え……。この様子だと婆ちゃんは、まだ暴れそうだな。一発ぐらいなら死んだりしないよな??
うん、やろう……
俺は右手を天高く上げ、力を多少込めて振りかざし、
――バチンッ!!
婆ちゃんの左頬を思いっきり平手打ちした。
瞬間に、顎の揺れが伝達して脳も揺れた婆ちゃんは、その場で気を失い倒れる。
「よし!」
俺が両手を握り締めてガッツポーズを決めていると、隣のアネータさんが口をパクパクと開閉させ、
「な、何をしているんですか……??」
「え? いや、何って……お婆ちゃんを落ち着かせただけですよ?」
そんな俺の返答を聞いた幽霊少女が、目を丸くしながら、
「ちょ、もっと違うやり方が無かったんですかっ!?」
「注文が多いなぁ……これしか無かったんだよ」
断言すると、少女は言い返すことなく溜息を吐いて黙り込んだ。
そういえば、
「なぁ、お前って……紫色の怪物について何か知ってるのか?」
ふと脳裏に浮かんだ疑問を、口を閉じている少女へと聞いてみる。
すると、少女は控えめな声で、
「あぁ……アレは私の友達です。正しく言えば、友達だったですかね?」
思いもよらない言葉が飛んできた。
「どういうことだっ!?」
俺が再び問うと、少女はニッコリと笑みを浮かべて、
「しょうがないんです……魔王の所為ですから、しょうがなかったんです」
何故だろう……? 少女は笑顔なのに、泣いているように見えるのは何故なのだろうか?
幽霊少女は決して泣いてはない筈なのだが、涙を流しているように感じる。そして、魔王への怒りも感じる。
と、
「おーい! 皆んなぁ!!」
ペリシアの声が、かなり近くから響き渡ってきた。
知らぬ間に、約二十分程の時間が経過していたのだろう。
周りを見渡すと、セリカを背負いながら此方に駆けて来るペリシアの姿が視界に映った。よく目を凝らすと、塩が入った袋を片腕沢山に持っているのが分かる。
俺がペリシアへと手を振っていると、途端に地面が揺れ始めた。
「きゅ、急に地面が激しく揺れきてましたっ!?」
アネータさんは戸惑いながらも辺りを見渡し、何かを発見したらしい。
「さ、さっき怪物を埋めた場所が、なんだか盛り上がってきていますっ!?」
マジでっ!?
急いで俺も、先ほど埋めた穴位置へと顔を向けると、
「うわぁ!? なんか手が出てきてるぅっ!?」
埋めた穴から、紫色の太い腕が一本飛び出して来て、順々に頭部と身体の姿も現れた。
この状況……どう切り抜ければ……。
俺たちが状況下に絶望を抱き始めた時、
「あの、私に任せてください!!」
幽霊少女が唐突に、キリッと口を動かした。
「いや、お前がどうこう出来る相手なのか!?」
俺が大声で言うと、少女はニッコリと笑みを浮かべ、
「安心してください……。この怪物……今ではこんな憎悪な感じですけど、元々……生前は私の友達だったですから……」
「え?」
少女は笑顔のまま告げ終えると、怪物の身体へと近付き、スゥーと憑依したのだろうか? 怪物の身体中へ入り込むように消えてしまった。
その後、荒れ狂っていた怪物の動きが途端に穏やかになり、静かに墓奥へ向かって歩き、徐々に闇中に姿を溶け込ませて……視界から消え去った。
唖然としながら、少しばかり静寂に包まれ立ち尽くしていると、ペリシアが慌て口を動かして、
「そ、そうだっ! 早くお婆ちゃんに塩を振りかけなきゃ!!」
そう言った後ペリシアは、片腕でなんとか支えていたセリカを丁寧に地面へ置くと、手に持っている塩が詰まった袋を開き、婆ちゃんの身体中に満遍なく振りかける。
――しばらくして、気絶していた婆ちゃんは目を覚まし、
「――おや? なんで私はこんな場所で……? ん……? あんた達こんな所で立ち尽くしてどうしたんだい??」
この感じは、どうやら除霊が成功したのだろう。
「大丈夫ですか?」
俺は地面へ仰向けに倒れる婆ちゃんへ、スコップを持つ右手とは逆の左手を差し伸べる。
「これぐらい大丈夫よ……」
手をギッシリと握り締められた事を確認すると、婆ちゃんの身体を引いて地面から起き上がるの手助けをした。
と、婆ちゃんが俺の右手元のスコップに気が付き、
「おや? その小汚いスコップを何に使うんだい?」
「え?」
急な質問に戸惑って返答出来ないでいると、婆ちゃんはキョロキョロと周辺を眺め回し始める。
「おや……此処は孫の墓場所じゃないか…………って、なんか孫が埋葬された所に大きな穴が空いているっ!?」
え? もしかして、落とし穴を掘っている最中に見つけた骨って……幽霊少女の本体だったの??
俺は急いでスコップを背中側へと隠すがもう手遅れだったらしい。
婆ちゃんが、キリッと俺の顔を睨みつけ、
「お前……スコップを持っておったな。墓荒らしか……?」
声質が低音になっている事から、とても怒っているのが判断できる。
「お、俺が……墓荒らしな訳ないじゃないですか……?」
顔が引き攣ってしまい、笑顔がうまく作れない。
そして、遂に……、
「嘘つけっ!! この墓荒らしが!! 早く私の視界から消えろっ!! 早くこの町から出て行けっ!!!!」
婆ちゃんのあまりに大きな叫び声に、セリカの目が覚めた。
「あ、アレ……? ぞ、ゾンビは……??」
セリカ……とりあえず今は喋らないでくれ……。
と、再び婆ちゃんは顔を真っ赤にして、
「早く私の視界から消えないかっ?!?!」
「は、はいっ!! すぐにこの町から出て行きます!!」
あまりに凄い婆ちゃんの覇気に負けた俺は、皆と共に駆けて町門を目指す。
はぁ……何故だろう? 幽霊などよりも婆ちゃんの方が恐怖を感じてしまった。
町門を目指す中セリカが、俺の背後を追い掛けながら、
「ちょっと、もう町を出るの!? 私まだまだ、この町を全然観光出来ていないわっ!!」
「そりゃそうだろうっ! だってお前ずっと気絶していたからなっ!!」
俺が言い返すと、セリカは突然黙り込んでしまった。
え? 言い過ぎたか??
振り向くと、セリカは暗い表情で俯きながら、脚を動かしている。
やっぱり、言い過ぎたな……。
「おいセリカ、そんなにヘコむなよ……。次はもっと良い観光地へ連れて行ってやるから……」
俺が励ましの言葉を告げ終えると、セリカの表情は信じられないほど明るくなり、
「じゃあ、次は海が見える町とか行ってみたいわっ!!」
セリカの図々しい注文に少しだけ苛立つが黙って頷き、脚を動かすことに専念しよう。
――途中途中に休息を入れて八時間ほど夜道を走り、俺たちはやっとレクシムへと戻って来た。
朝日が昇り、町は明るく照らされている。
「やっと着いたな……」
俺たちは安堵の溜息を吐くと、とりあえずギルドへと向かうことにした。
「ねぇ、なんか町の様子が騒がしくない?」
「そうか? さっきまで人気の無い町に滞在していた所為で、感覚が狂っているじゃないか?」
「なんか、私たちに町中の目線が集まってない?」
「そうか? それもきっと感覚が狂っている所為じゃないか?」
ギルドまでの道を歩く中、セリカの言葉を俺は次々と否定する。
と、遂にギルド建物前へと到着した。
俺は、調子に乗って思いっきり出入口扉を開き、
「おい皆んなっ!! 俺たちは帰ったぞっ!!」
大声でギルド内へ言葉を響かせた。
瞬間に……俺の帰り気付いたギルド受付嬢が、駆け寄って来て、
「あの、すみません……。今、貴方を探しているという人が来られていて……」
「え? 俺に用件がある人がいるって??」
「はい、そうです」
……なんだろう? ギルドで用件といえば、クエスト指名とかだよな?? 俺にしか達成出来ないクエストを依頼されるのだろうか?? まぁ……俺は六魔柱を倒した男だしな。クエスト指名があったとしても、しょうがないか……。
俺がそんな事を一人思っていると、
「おいお前、『カナヤ』というものだな?」
え? 引き締まった声で、俺の名前を呼ぶ奴は誰だ!?
と、受付嬢がコソコソと俺の耳元で、
「今貴方の名前を呼んだ人が、今回用件があるという人です……」
「あ、そうなんですか?」
俺は急いで辺りを見渡し、俺の名をさっき口にした者を探すことに専念する。
と、再びハッキリと引き締まった声が……
「おい、何処をみている?」
「え?」
俺はすぐさま声先へと顔を向ける。
って、
「そ、村長!? それと、知らない奴……」
俺の視界にセリカの爺ちゃんでもある村長と、シワひとつない紺色軍服を着てヤケに姿勢が良く偉そうな男が一人映った。
「あの、村長……急にどうしたんですか?」
すぐさま俺は、村長が此処にいる理由を尋ねる。
すると、村長の隣に立つ軍服男がハッキリとした発音で、
「惚けようとしても無駄なことだっ! お前が出身した村の民から、逮捕状を預かっている!!」
え? 逮捕状??
俺が首を傾げる中も、軍服男はハキハキと口を動かす。
「逮捕状については、村の税金を全て使ったという件だ。覚えが無い筈がないよな? 村民全員一致で、お前が行った事だと言っているのだから……。よって、罪深きお前は……『監獄島』送りだっ!!」
確かに税金の件は知っているが、使い果たしたのは俺じゃねえっ!? それよりも、監獄島って聞き間違いだろっ!?!?




