2章 第6話
――走り続けること、約十分。
息を切らしながら俺の背後を走るペリシアが、
「ねぇねぇねぇっ!? あのゾンビみたい奴、いつまでアタシたちのことを追いかけてくるんだっ!?!?」
「いや、しらねぇよっ!?」
俺たちが息を切らし走る中……ゾンビの様な紫色の怪物は、巨体をドシドシと動かして追ってくる。走るスピードはそれほど速くは無かったので、現在まで追いつかれていない訳だが……。
「ちょ、アネータさんっ!? あの怪物、壁をすり抜けてますけどっ!?!?」
「知っていますっ!!」
俺たちがシッカリと建物角を曲がっているのに対して……怪物は建物壁をすり抜け、建物角を無い事にしながら背後を追いかけてくる。
と、
ペリシアが唐突に大声で、
「ちょっ、此処って……!?」
「どうしたっ!?」
俺が聞き返すと、ペリシアは早口で、
「周り見たら分かるっ!!」
「え?」
脚を動かしながらも、ペリシアの指示通り周囲を確認してみる。
そして、俺は気付く。
「な、此処は……」
冷静さが欠けていたことや、暗い中で視界が悪く気付いていなかったが……俺たちの周りは、十字架の墓札で覆い尽くされていた。
「よりに寄って、なんで墓地に行き着いているんだよっ!?」
「そんなこと、今は気にしてられませんっ! 背後を振り返ってくださいっ!!」
脚を懸命に動かしながら受け取った、アネータさんの言葉へ従い振り返ってみる。
「うおっ!? もう追い付かれそうじゃんっ!?!?」
少し気を抜いた間に、怪物は徐々に近くまで迫って来ていた。残り距離は、約七メートル程だろう。
「やばい、やばい、やばいっ!? ん?」
叫びながら走っていると、進行先に細長い棒状の物が転がっている事に、俺は気付いた。
なんだアレ……? 暗くてどんな物か分からないが、近づいて確認してみるか……。
俺はそのまま進行方向を変えずに、謎の物体へ近づくことを決意する。
そして、手で触れることが可能な距離まで駆け、俺は謎物体の正体を把握した。
「す、スコップ……?」
眼前に転がっているのは、使い古され錆や泥で覆われたスコップだった。
何故こんな物が落ちているかは分からないが、何かに使えるかもしれない……。拾っておこう。
こうして俺は、藁にすがる思いでスコップを手にするが……
「ゔぉゔ、ごぉゔ、ばぁゔぅゔゔぅぅ……」
え?
背中で奇妙な唸り声を聞いた俺たちは振り返り、
「「「うぉおああああーーーーっ!?!?!?」」」
手と手が届く距離まで怪物が迫って来ていたので、俺たちは思わず大きな叫び声を上げてしまった。
やばいやばいやばい、今まで生きていた中で、一番ヤバいんだけど!?!?
瞬間、頭が混乱状態に陥ったアネータさんが、
「ぇ、えーいぃ!?!? こ、これでも喰らえぃっ!?!?」
背負っていた弓矢を手に持つと、矢を連発して無駄撃ちを始めた。
矢先は怪物の身体をすり抜けて、其処ら一帯に転がり落ちる。
「な、なんで、当たらないんですか!?」
アネータさんが、かなり混乱している中、一本の矢が不発で怪物の足元に落っこちた。
と、その矢が怪物右足の親指に刺さり、
「ゔぉおおおおぉぉゔゔゔゔぅぅーっ!?!?」
怪物は嘆き叫んだ。
え? どういうことだ??
突然な状況に、俺は少しばかり冷静を取り戻し考える。
そういや、この怪物……普通に地面走っていたよな……? ん? さっき駆けていた道をみると、怪物の足跡が有るぞ。
もしかしたら……
「あの、アネータさん!! 怪物の足元を狙ってもう一度、矢を射ってください!!」
「え!? あ、はいっ!!??」
アネータさんは少々戸惑いながらも、俺の言う通りに怪物の足元を狙って矢を一発放った。
すると、その矢先は見事に怪物の左足元を射抜く。
その後、両足に矢が刺さった怪物は上手く身体全体のバランスを保てなくなり、崩れ落ちる様に地面へ両手を付いて倒れた。
倒れ付いた手元の地面には、くっきりと手形が掘られる。
そんな光景を見て俺は確信した。
この怪物……地面と接触している部分は、物体をすり抜ける事が出来ないんだ。
もしかしたら、この手に持ってるスコップが役に立つな。
俺は手元の小汚いスコップを見つめると、セリカを背負いながら再び全力で駆け出し、
「ペリシア、アネータさん!! 俺に付いて来てくださいっ!!」
叫ぶと、ペリシアとアネータさんは俺の背中を懸命に追いかけて来た。
そんな中、両足を怪我した怪物は再び立ち上がろうとしている。
「よし、ここまで来たら……」
怪物の死角へ移動し、だいぶ距離が取れていることを確認すると、俺はセリカをペリシアに預けて、スコップで穴掘りを開始した。
「あの、何をしているんですか?」
俺の行動を見て、アネータさんが首を傾げ聞いてきたので、俺は穴を掘り進めながら、
「落とし穴を作っているんです」
一言告げると、アネータさんはシッカリと理解してくれたらしく、
「そうですかっ! なら私が、この場まで怪物を誘導しましょうっ!!」
本来ならば男である俺がやらなければいけない汚れ仕事を、アネータさんが快く引き受けてくれた。
と、穴を掘り進めている時だ。
スコップの先端にカチンっと何か硬いものが当たる感覚があった。
な、なんだ??
疑問を感じながらも掘り進めていると、何やら白い物が見えてきた。
も、もしや……。
不安を抱えながらも更に掘り進めると、遂に硬い何かの正体を把握する事となる。
な、こ……これは……。
突然のことに言葉が詰まってしまい、声が思うように発せれない。
地面から現れたのは、子供の頭蓋骨だったのだ。コレを誰かに見られたら、大ごとになりそうだな……。
急いでペリシアやアネータさんの方へ顔を向けてみる。
二人とも、まだ頭蓋骨の存在には気付いていないようだ。
一安心していると、アネータさんと目が合ってしまい、
「あの、だいぶ掘り進めましたね。それでは、怪物を呼んで来ます!」
「え?」
そして、アネータさんは怪物の方へと急いで向かって行った。
いやいやいや、此処に怪物が落っこちたら、この骨砕け散っちゃうよ!! 砕いたら絶対に祟りとか有るよね? 早くどっかに移動しなきゃ!!
だが、骨は頭蓋骨が見えているだけで、身体部分はまだ土で姿が隠れている。
俺は懸命にスコップを持ち手を動かすが、手遅れだったらしい。
「あの、早く穴から出てくださいっ!!」
怪物の呻き声と共に、アネータさんの必死な声が俺の耳に届いてきた。
くそっ……此処で俺が死んでは、元も子もない。
俺はアネータさんの指示に従って、スコップを手元に穴から地上へと駆け上がる。
そんな俺の行動とすれ違いに、怪物が大きな音を立て、穴へと落っこちた。
「ゔぉおおおおぉぉっ!!」
怪物のもがき苦しむ声が、穴から響き渡ってくる。
まさか、こんなにも計画通り落とし穴に落ちるとは……って、そんな場合じゃない!!
俺はひと息つく間もなく、掘り起こされた土を穴へと戻し穴を埋めを開始する。
「ゔぉおおおおぉぉ……」
時々、怪物の嘆き声が聞こえるが、無視だ、無視!!
――しばらくして、穴を埋め終わると……何処からともなく、
「おぉー! あの怪物を退治しちゃうとは、貴方たち凄いんですねっ!!」
え? この声は……。
辺りを見渡してみると、俺の視界にプカプカと空中浮遊する幽霊少女が映った。




