1章 第2話
――村から旅立って、約三時間。
現在、俺とセリカは……広大な緑色の草原を、のそのそユックリと歩いている。
「なぁ、セリカ……。此処から一番近い町で、到着するまでにどのくらいかかるんだ?」
俺は、目前に広がる終わりの見えぬ緑色の光景に……憂鬱な気持ちを抱きながら呟いた。
緑以外の色が見えるとしたら、青い空に浮かぶ白い雲。 それと……辺りにちらほら確認できる、気色悪い魔物のよく分からぬ色だ。
「えーと、この調子で真っ直ぐ歩いて行けば、【レクシム】っていう町に二十分少々で着くと思うわ」
俺の隣を並行になって歩いているセリカが、両手に持った地図を見て得意げに言った。
そう、地図を見ながら……って、その地図どうしたんだよ。
気になった俺は、地図をどの様に入手したのかを訊ねた。
すると、
「どう手に入れたかって……村を出る時に家から盗って来たのよ」
はかとなく、『とってきた』のイントネーションがおかしい気がするは気の所為だろうか……?
いや、気の所為という事にしておこう。
と、
セリカが唐突に何か説明を始めた。
「そういえば、この辺……盗賊が出没するらしいわよ。ほら、村を出る時にお爺ちゃんの宝箱の中から盗んできた地図に、細かく記載されてるわ」
そう言うと、セリカは両手に持っている地図を俺の顔へと押し付けてきた。
というか、今盗んだって言ったな?
さりげなく言っていたよな?
その後も彼女は、俺に地図を押し付けた状態で口を開く。
「なぁーにが、楽しくて盗賊なんかしているのかしらねぇ。まぁ……盗みを働く奴なんて、悪者しか存在しないのは、確かなことだわ!」
こいつ……罪を認め、あえて自分の事を貶しているのか?
それとも気付かないで、盗賊だけではなく自分をも罵倒しているのか?
気になる……というか、今すぐ顔を覆っている地図を取って欲しいんだが。
と、
「キャァァアアアアアーッ!!!!」
目的の町が見えてきたのだろうか? セリカが唐突に歓声のような叫び声を上げた。
それと同時に、俺の視界が地図から解放される。
「おう、やっと町が見えてき――――てないな……」
見えたのは、頭にターバンを巻きサーベルナイフを構える一人の者だった。
見るからにして盗賊の出で立ちで……と言っても、まだまだ子供。
そんな子供に、大きな叫び声を上げているセリカがとても情けなく思えた。
瞬間、
「うおおおおぉぁぁああああああああーっ!!」
途端に……目の前の子供がサーベルナイフを振り回しながら、俺の方へと向かって来た。
「うおっ!? なんだよ、やめろっ! あぶねぇからやめろって!?!?」
思わず俺は……子供の頭部へ、正義の鉄拳を『ポカリっ!』と反射的に一発あびせてしまった。
刹那、
子供はフラフラと身体を踊らせながら、地面へとフニャリと倒れ込む。
そんな様子を見ていたセリカが、俺に向かって……。
「うわぁっ! ニートの上に子供をいじめるとか、つくづく最低な野郎ね!?」
「なっ……! コレはしょうがなかったんだ!?」
俺があたふたと言い訳を考えていると、セリカが続いてこんな態度を取りはじめる。
「まぁ……今回は盗賊を倒したことにして、見過ごしてあげるわ。さぁ、早く町を目指しましょう。チンタラしていると、また盗賊に襲われるわよ。盗賊が一人いたら、その場の半径三十メートル圏内には、盗賊が五十人いると言われているじゃない!」
許してもらったのは正直に有難いが……セリカ、お前は盗賊をゴキブリかなんかと、勘違いしているんじゃないのか??
……とまぁ、こんな感じで歩き続けていると町が見えてきた。
さっきセリカが教えてくれた通り、本当に二十分少々で町へと到着するんだな……。
その後、町入口の目前へと到着すると……アーチ状に模った黒い鉄製門の中に、石造りの町並みを馬車が音を立てて進んでいくのが見えた。
「……スゲェ、都会だ」
俺は目の前に広がる光景に、興奮で心が震えた。
これに関してはセリカも同様だ。
――【レクシム】
立ち並ぶ建物の造りは、美しい二等辺三角形の屋根が特徴的な古式建築様式でまとめられ、趣深い町並みを演出している。
そんな町中では、武器屋や道具屋などの野店が点々と出店しており、人々の活気で溢れかえっていた。
俺が町の雰囲気に浸っていると、隣から空気を読まない発言が聞こえてくる。
「はぁ……この鎧の中蒸し暑いし、なんか重たくて邪魔だわぁ……」
言葉を発していたのはセリカで、どうやら身体を覆っている黄金の鎧が邪魔でしょうがないらしい……。
って、待てよ?
この黄金の鎧を売ったら、どのくらいのお金になるんだ?
そう思った俺の思考回路は、とてつもなく早いスピードで回転しはじめる。
……この鎧を売ったら、使用した税金全額とはいかないが……村に混乱が起こらないくらいの大金が、もしかしたら――。
「よし、その黄金の鎧を質屋にでも売りに行こう!!」
俺はそんな事をセリカへ提案すると共に、先ほど頭を巡っていた考えを伝える。
刹那、
「え!? この鎧を売ったら、村民達に税金を全て使ったとは思われない程の大金が手に入って、今すぐ冒険生活が終了できるって本当!!?」
セリカもそのことに賛成したようで、すぐさま一人で町を駆け巡って質屋を探しに行った。
――十分後。
フリルが可愛らしく施された下着姿に、腰には黄金の長剣を下げるセリカが……多くの札束が詰められたボストンバッグを両手で重そうに持ちながら、俺の前へと戻って来た。
鎧の所為で分からなかったが、こいつ細身な身体の癖して結構胸があるんだな……。
というか、周りからの視線が痛い……。
「いやお前、下着だけど服とか着ないのか?」
「え?」
なんだこいつ、馬鹿なのか? 俺の質問を理解していないのか??
俺はもう一度、口を動かして言う。
「お前、自分の身体を見てみろ?」
指示通りにセリカは自分の身体に目をやる……。そして、やっと気づいたのだろう。
手が緩み鞄を落とすと同時に、綿花のように白い顔が林檎の様に赤く染まった。
「え、嘘っ!? 私としたことが……お金に気を取られすぎて、自分が半裸になっていることに気づかなかったわ!!」
「いや、普通気付くだろう……。もしかしてお前、他人に裸体を見せ付ける変な趣味とかじゃないよな!?」
「そ、そんな訳ないでしょ!? 鎧の中が下着だったのよ!! と、とりあえずあんたの上着を貸して!! 見るからにあんた、二枚重ねだから大丈夫よね!? それに、その上着の大きさだったら丁度良く、私の上下両方の下着が隠れるから尚良いわ!!」
セリカは慌てふためきながら、俺の上着を無理やり奪ってきた。
「おいっ! 俺の上着を返せよっ!?」
「嫌よっ! 上着から手を離して!!」
強引にでも俺の物で下着を隠したがるセリカから、上着を奪い返そうと袖先を引っぱる。
「だから返せよ!」
「なんで返さなきゃいけないのよっ!?」
って、うお……意地でも袖に手を通そうとする動きで、胸が揺れている。
ツイツイ目が奪われてしまい、次第に奪い返そうと袖先を引っ張る力が消えていく……。
俺は悪くない、セリカの揺れる胸が悪い。
「よし、丁度良いわ!」
セリカが奪い取った上着で身体を隠し、笑みを浮かべている中……俺は重要なことに気が付いてしまった。
セリカが持って来た大金の入った鞄がない。
辺りを見ると……少し遠くに、この町に来る途中に出会った盗賊の子供の姿が、視界に映った。
しかも、その手には見覚えのある鞄が……。
「って、その鞄はさっきセリカが持っていたヤツっ!?!?」
気づいた頃にはもう遅く……盗賊の子供は猫の様に軽快なステップで町の建物の屋根へと身を登らせ、何処の彼方へと消えて行った……。
ちくしょう。胸に見惚れてさえいなければこんなことは起きなかったのに……。
数秒後、お金が盗まれたことに気づいたセリカが叫ぶ。
「ちょ、なに!? え、えぇぇええええええーっ!?!?」
その後……あからさまにテンションを沈ませて、死んだ魚の様な目でポツリと俺に聞いてきた。
「ねぇ、カナヤ。今、お金どのくらい持ってるの……?」
「宿には泊まることは出来ないけれど、パンを一枚買える程度ってぐらいだな。逆にセリカは?」
「え? 私は……この通り下着だったのよ? 鎧を売った時に所持金ごと鞄に入れてたわ……。って、ことは今の私たちは、ほぼ無一文状態ってことなのね……は、あははははぁ……」
セリカから哀しげな笑いが漏れた。
そして次の瞬間。セリカは手を戦慄かせ、泣きながら取り乱しはじめた。
……なんというか、周りからの視線が痛い。
どう考えても周りの通行人たちから、ヤバい奴らだと警戒されて避けされている。
「あわわわわわわぁって、どうするのよこの状況!! 私たちは、ホームレスになってしまうのかしら!?!?」
「ちょっ、落ち着け! こういう時こそギルドだ!!」
「ギルド……?」
「そう、ギルドだ」
首を傾げながら涙目で更に上目遣いまでしてくるセリナに向かって、俺は説明を開始する。
「ほら、村を旅立つ時に村長が言っていただろう……! 『お金に困ったら、町以上の集落には必ず有るギルドという場所へと行ってクエストを受注するのじゃ!』って……まぁ、こんなこと言っても、覚えている訳がないよなぁ……」
「うん。覚えてなかった……。まぁ、そんなことは良しとして、そのギルドとやらに早く行きましょう!!」
「そうしたい所なんだが。そのギルドが、この町の何処にあるのか分からないんだよなぁ……。とりあえず、探すか」
――とまぁこんな感じで。俺たちは、この町の何処かにある『ギルド』を目指すことにした。