2章 第3話
扉を壊してしまいそうな勢いで、入口から宿屋建物内へと入ると、
「――おや? そんなに慌ててどうしたんだい??」
瞬間に優しそうなお婆さんの声が、鼓膜に響き渡る。
「誰だっ!?」
俺は急ぎ慌てながら周囲を確認すると、白髪頭のお婆さんが此方を不思議そうな表情で見つめている事に気付いた。
『身体が透けていない』・『空中に浮いていない』という点から、このお婆さんは生者だと確認できる。
って、そんな場合じゃないんだ!!
俺は直ぐさま背後を振り向き、追い掛けて来る少女幽霊の存在を確かめるが、
「あれ? 気配が無くなった……」
姿どころか気配すら感じなくなっていた。
「はぁ……何者だったんだアイツは……??」
俺は安堵の溜息を吐くと共に、背負うセリカを宿屋の床へと丁寧に下ろす。
取り敢えず宿屋は見つかった事だし……今日は直ぐ寝て、明日早朝にこの町を出発しよう。
脳内で明日の予定を考えていると、宿屋の経営者であろうお婆さんが、
「……おやおや、もしや見てしまったのかい?」
「「「え?」」」
唐突な言葉に、気絶中のセリカを除いて俺たちは一様に驚く。
「み、見てしまったって……何をですか?」
緊張した面持ちでアネータさんが、お婆さんへと一言訊ねる。
すると、
「知らないのなら別に良いんだよ……。そういえば、宿に泊まりに来たのかね??」
お婆さんは話題を変えると同時に、優しい笑みを浮かべ質問して来たので、俺は背定を表す頷きをみせた。
俺の頷く様子を瞳に映したお婆さんは「そうかい」と一言を添え、身に纏うエプロンのポケットから小さな鍵を取り出して、
「コレは部屋の鍵だよ。すまないけど……建物にガタがきている所為で、今泊まれる場所は一部屋しかないんだ……」
こうして、俺は一つの鍵を手渡された。
それよりも、
「あの、宿代っていくらですか?」
俺が鍵を右手に握りしめながら問うと、お婆さんは再び優しさ溢れる笑みを浮かべて、
「宿代は結構だよ。もう商売してないみたいなもんだからね……。何よりオンボロな部屋に泊まらせておいて、お金を頂戴するのは恥ずかしいのよ……」
「あ、そうなんですか。なんかスミマセンね……」
俺は頭をぺこりと下げて礼の言葉を述べた後、アネータさんやペリシアの方へ顔を向けて、
「じゃあ、今日は此処で一日を過ごすことにしようか」
この一言で俺たちは、部屋が有る二階行きの階段を目指す。てか、セリカまだ気絶してる……目覚めそうもないし、背負うしかないな。
俺がセリカを背負うと、
「はぁ、お爺様の大切な地図に記されていた町だったから期待していたのになぁ……」
階段へと向かう最中、ペリシアが悲しみに暮れる呟きを口から吐いた。
そんな言葉を盗み聞きするように聞き取ったお婆さんが、俺たちの背後で呟く様に、
「お爺様? そういえばお嬢ちゃんと同じ種族の獣人族が、遠い昔に来た事があったわねぇ……。あの頃はこの町にも活気があったわぁ……」
俺たちの耳にお婆さんの何気無い独り言が響き渡った。
すると突然、ペリシアが俺たちを引き止め、背後に立つお婆さんの方へと顔を向けると、
「あの……昔この町に、獣人族が来たんですか!?」
「え?」
唐突な問い掛けに戸惑う様子のお婆さんだが、直ちに質問内容の理解が追いつくと、
「うん……来たわよ。まだこの町が賑わっていて『美女がいる町』とか言われていた時代に、貴女ぐらいの男の子がね……。でもまぁ、現在は私と同じぐらいの歳だろうけどね」
えっ、『美女がいる町』って何!? それよりも、その男の子はきっと獣人国大王の事だよな……?
……ん? 待てよ。獣人国の大王がこの町の地図を大切にしていた訳が分かったかも知れない……。
多分、未だにこの町が『美女がいる町』という風に賑わっていると思っているんだろう……。
鎖国なんかしているから、この町がゴーストタウンと化している事を把握していないんだ。
俺が一人勝手にあれこれ空想を膨らませていると、背負うセリカの瞳がパチリと半開きして、
「ん……? ムニャムニャ……。此処はどこ?」
俺の右肩に顎を凭れさせ、口をムリャムリャと動かしヨダレを垂らし始めた。
……こ、この野郎。
「おりゃっ!!」
俺は掛け声と共に、セリカを背負い投げで床に叩きつけ、
「どうだっ!! 目が覚めたかっ!!??」
「何よ急にっ!? 痛いわよ!! お尻が痛いわよっ!! 女性にはもっと優しくしなさいよ!!」
セリカは床に打撲したお尻を両手で撫でながら、俺に文句を言い始める。
此処まで運んで来てやったのに……この恩知らずめっ!!
俺はそんな事を内心思いながら溜息を吐くと、二階行きの階段を目指すことにした。
続けて、アネータさんやペリシアも俺の背後を追って二階を目指す。
何も把握できていないセリカも、
「ねぇ、私を置いていかないでよっ!!」
騒がしさ全開で、後を追って来た。




