2章 第1話
――快晴な青空の下……優しいそよ風が吹く草原を駆ける一つの馬車荷台内にて、
「あぁ……なんと気分良い旅なんだ」
現在俺は、セリカ・ペリシア・アネータさんとの四人で旅を満喫している。旅といっても今回は『観光』で、クエストなどの『仕事』とは別件だ。
「はぁ……こんな気持ちの良い旅に一緒に来なかったフェンは、きっと後悔しているだろうな」
俺が幸せ気分で無気力に呟くと、隣でうつ伏せに寝そべっていたアネータさんが、
「まぁ、しょうがないですよ。フェンさんは、獣人国へ懸賞金半分を渡しに行くという大事な使命があるんですから……」
「そうだよなぁ。しょうがないなぁ……フェンの分まで楽しむかぁ」
無気力な俺の言葉に、アネータさんは「ですね」と微笑む。
――時間を遡ること、一日前。
「よし、やっとギルドに着いたぁ!!」
俺は肩にイリビィートを背負いながら、嬉しみ籠る歓声を上げた。獣人国からギルド建つレクシムへと、日が暮れる時刻まで徒歩移動した脹脛は悲鳴を上げている。
「あぁ……もうダメ…………」
セリカは小さく呟き、その場でうなだれ倒れた。
そんな行動を目にしたフェンは口元に小さく笑みを浮かべ、
「はぁ……もっとしっかりしろよ」
セリカへ偉そうな事を言っているフェンだが、額からは大量の汗が垂れ流れている。鎧の中はかなり蒸れていそうだ。
と、フェンの帰還に気付いたギルド内冒険者が一気に歓声を上げはじめる。
「おぉ……アレは勇者様じゃないか!!」
「ん? 勇者隣の青年は何を担いでいるんだ?」
どうやら俺の姿も、野次馬冒険者共に気付かれたらしい。
カウンターで受付する職員のお姉さんにも存在を気付かれたらしく、証拠に急ぎ駆け寄って来きた。その後、俺の前で脚の動きを停止させると目を丸くして、
「あの、もしかして肩に担いでいるのは……六魔柱の……」
お姉さんの驚く仕草を前に、俺が『六魔柱のイリビィートです』と答えようとしたら、
「その肩に背負われているのは、【六魔柱・イリビィート】よ! 私が倒したの!!」
先程までうなだれ倒れていた筈のセリカが、全ての手柄を奪いやがった。確かに彼女が戦いに参加したのは事実……。だが、その言い方だと、一人で討伐したみたいじゃないか。
セリカの勇ましい言葉が耳へ届いた冒険者達からは「おぉー、やるねぇ」等の声が口から漏れている。
そんな環境下にて俺のイライラが始まると、フェンが冷静な声質で、
「なぁ、六魔柱の其奴と懸賞金を交換してもらえ」
「あ、おぉ……そうだな」
俺はフェンの指示通りに、職員のお姉さんへとイリビィートを手渡す。
イリビィートを唐突に手渡されたお姉さんは混乱を見せるが、直ぐ顔に笑顔をつくり、
「はい、ご苦労様です! 懸賞金額は、用意するのに多少時間が掛かってしまいますが、午後ぐらいにはお渡しできると思います」
「あ、はい……そういえば、イリビィートの行方はこの後どうなるんですか?」
俺は一言の相槌後に質問をした。
そんな疑問にお姉さんは笑顔を保ちながら、
「あ、六魔柱の行方はですねぇ……監獄島へ輸送されて監禁されちゃいます!」
監禁されるのか……。
それよりも、
「……監獄島ってなんですか?」
俺が再び疑問に首を傾げると、お姉さんは更に笑顔を増して、
「荒れ狂う海に囲まれた小さな島にある、脱獄不可能の囚人収容所ですっ!」
気になる……何故お姉さんはこんなにも元気よく物騒な事を言えるのだろうか? これが接客的なものであっても、もう少し謹んだら良いと感じるが……。
俺がぼんやり考えていると、誰かが俺の右肩をトントンと軽く叩いてきた。
『誰だ?』などと思いながら振り返ってみると其処には、顔をニンマリさせるアネータさんがいた。
「どうしたんですか?」
俺がアネータさんへ眉を少々ひそめて問うと、
「えーとですね……これを見てみて下さい!! 先ほどフェンさんに手渡されたんです!!」
喜び溢れる言葉と共に、俺の眼前で赤ちゃん顔サイズの薄汚れた地図が広げられた。地図には、一つの町地形が切り抜かれる様に記されている。
「え? なんですかこの地図は??」
俺が言うと、
「コレは、獣人の国王様に頂いた物らしく……。なんと、この地図に記されている町は、私の所持している地図のどれにも記されていない場所なのです!! いわゆる幻の町なんですっ!!」
興奮気味で語られ、若干俺の顔が引き攣りつつあると、隣からペリシアの声が伝わってくる。
「その地図って、確かお爺様がズッと大切にしていたものじゃない!?」
そうなんだ。別に興味ないから、言葉に反応しないで無視でもしておこう。
しかし、国王は自分の大切な物を俺たちの御礼品として渡してくれて良かったのか?
俺が思考を働かせていると、背後に立っているフェンが口を開き、
「そういえば、地図に記された町についてだか……。国王様がお前達に、是非とも観光してきて欲しいと話していたぞ。ちなみにオレは、獣人国へ寄付金を届けなければならないので、一緒には同行出来ない」
「そうなのか……。じゃあ、明日にでも観光しに行くか」
俺が呟くと、セリカが「楽しみ!」と笑顔で微笑む。
――ということがあって、現在に至る。
ちなみに獣人たちがレクシムを襲った件だが……、『六魔柱のイリビィートを捕まえた』ということで、すんなりと許されていた。
と、
馬車が止まり……馬を操る御者のお兄さんが、
「あ、あの……地図の場所だと此処なんですが……」
恐れ恐れな言葉が、外空間から遮断された荷台内に届く。
何を恐れているのか分からないが、目的地へ到着したんだな。
俺を先頭に皆んな下車をする。
直後、再びお兄さんが、
「あの、本当に此処であってるんですか……?」
荷台を降りたばかりで外風景を見ていない俺たちへ、お兄さんが怯えながら問う。
何故怯えているんだ?
俺のそんな疑問は、目的地である町へと視線を移すことにより一瞬で解決された。
セリカが声を震わせて呟く。
「え? ほ、本当に此処であってるの??」
アネータさんがセリカに続けて喋る。
「辺りを見渡す限り、地図上の地形と瓜二つです」
おい、嘘だろ……? 何が観光だよ……。
俺たちの眼前には……人など住んで居ないであろう雰囲気な町の入口門が、どんよりと荒草地に構えていた。
そんな殺風景の奇妙さを増すかのように、先程まで快晴だった空を雨雲が占領しはじめる。
思わず俺は叫んでしまう。
「なんだよ此処……ゴーストタウンじゃねぇか!!」




