1章 第23話
イリビィートは脚に刺さる矢を引っこ抜くと、鼻息を荒げ顔を真っ赤にしながら身体全体に力を入れはじめた。見た様子、再び形態変化をしようとしているらしい。
「あぁ……この姿になるなんて久しぶりだわ。 普通あなた達みたいな『雑魚』には、この姿を見せることはないのよ? でも、傷を早く治さないと……」
そんなことをブツブツと呟きながらも身体に力を込めている。
すると、白く美しい細身の身体が白毛に覆われ、美顔は毛に覆われる内に段々とキツネのように口先が尖りはじめた。遂には、身体全身が巨大化しはじめる。大きくなるにつれて、美しく装飾された白い浴衣服がビリビリと伸び破ける様子が窺える。
そして、容姿は色白美女から、白毛金色で九つの大きな白尾を持つ全長四メートル程の恐ろしい狐へと変化した。
四足歩行のイリビィートは口元から飛び出る鋭い獣歯を光らせながら、
「あぁ……傷が癒えるわ……」
鋭い狐眼を閉じるイリビィートの後右脚を確認してみると、物凄い速度で傷が回復しているのが分かった。
イリビィートがのんびりとしている隙にフェンは、
「再生能力がどんなに高くても、治しきれない程の傷を付けられたら意味がないよな?」
そう言って大剣を構えながら、鉄砲玉のように突進していく。
そして、振りかざされた大剣の刃先は大きな斬撃音と共にイリビィートの首筋に当たった……のだが、
「あら? いきなりどうしたのかしら??」
斬り傷以前に擦り傷すら付けられていなかった。
「なんだよこの毛は……凄く硬いな」
悔しそうに呟くフェンをイリビィートはニタニタと見下げながら、
「あたしの獣毛は鋼鉄よりも頑丈なのよ?」
そう教えると、一つの尾を鞭のように畝らせフェンを軽く弾き飛ばす。
「………………クッ」
フェンは苦の表情で空中を舞うと、勢い良く身体を地面に叩きつけ落下した。
そんな時だった。
何処からか威勢良い太い声が、
「オイ、俺はまだぁ……闘えるぞぉぉおおおお!!!!」
声先はイリビィート背後の螺旋階段からだ。
すぐさま螺旋階段へと視界を移すと、其処にはペリシアを連れ去った赤毛の獣人男が仁王立ちしていた。
だが、そんな威勢の良い台詞とは裏腹に赤毛獣人男の身体中は傷だらけのボロボロであり、とても闘える状態には見えない。
この獣人男の姿があるということは、ペリシアが何処か近くにいるという証拠だろう。
「今頃何をやりに戻って来たのかしら??」
イリビィートは背後の獣人男へと顔を向け問う。
すると、獣人男は口元から血を垂れ流しながら両眼を見開き、
「お前から……この国を取り返しに戻って来たんだっ!!!!」
叫びの声を耳にしたイリビィートは笑みを浮かべ馬鹿にして、
「あら、恐ろしいわ……」
その挑発するような一言に頭がカチンときたのだろう。獣人男は傷だらけの身体で螺旋階段を勢い良く飛び降りると、イリビィートへ向かって駆け出し、物凄いスピードでお互いの距離を詰め両手で握りこぶしをつくると殴り掛かる。
が、先ほどのフェンの斬撃同様に鋼鉄強度な獣毛でアッサリと攻撃を阻止されてしまう。
と、
イリビィートの背中を見て、フェンが何か戦略を見出したらしい。その後直ぐに、イリビィートが獣人男へと気を取られている中、フェンは思い付いた戦略法を俺たちに小声で伝える。会話内容が漏れてしまうと作戦が台無しになるので小声なのだろう。
「なぁ……少しばかり良い案があるんだが…………」
俺たちは、小さな声に耳を澄ませて内容を聞き取ると、
「了解!!」
その一言と共に行動へ移すことにした。
最初に俺はアネータさんへ、相棒であるヒノキ棒を手渡す。
「あの、どうぞ……」
「はい、シッカリと預からせてもらいますね!」
その次に俺はイリビィートの注目を集め、囮になることを決意する。
怖いけど、コレはペリシアや獣人国を救う為だ……。
よし、
「おい、化けギツネ!! 少しばかり俺と遊ぼうぜっ!!」
挑発に乗ったイリビィートはギラリとした鋭い眼光で俺をひと睨みし、
「あたしを挑発するとは良い度胸だわ……その行動を称して、たっぷり痛めつけ殺してあげるわ!!」
地面に大きな足跡を何個も刻み、俺へと一直線に飛びかかって来た。
やばい……恐怖で脚が震えて動けない。
途端に、向けられた膨大な殺意に怖気付いてしまい身体が思うように動かなくなってしまう。
しかし、俺は別に逃げなくても良いんだ。作戦だと俺が挑発した直ぐ後に、
「おい、イリビィートこっちだ!!」
フェンが俺に続き、イリビィートの注目を集めるから。
「雑魚どもがちょこまかと、あたしを馬鹿にしやがって……」
計算通り、イリビィートは標的をフェンへと変更させた。
今の俺たちの行動は、赤毛獣人男を救うためのものであった。 それと……セリカが安全に身を保ち、何処かに監禁されているであろう獣人を救出しに行ける支え役でもある。
「今のうちだ!」
俺はあえてセリカという名を伏せ、セリカへと叫んだ。 誰に向かって放った言葉なのかとイリビィートに認識されると面倒なのでな。
フェンが注目を集めている内に、セリカは静かに頷き行動をする。
セリカはイリビィート背後に見える獣人男へと駆け寄り小声で、
「ねぇ、獣人族の皆んなは何処にいるの?」
セリカに問われた獣人男は、静かに答える。
「この王宮の地下牢獄で監禁されている……」
フェンが王宮の地下牢獄の在り方を探せと言っていたのは、獣人達が地下に監禁されていると感じ取っていたからであろう。
セリカは獣人男の返答に頷くと、
「じゃあ、そこに案内してちょうだい」
そう耳にした獣人男は眉を八の字して、
「お前みたいな奴が彼処へ行ったところで、どうなる……」と呟いた。
そんな発言を聞いてしまったセリカは、少しばかり怒った様子で、
「失礼ねっ! あたしは世界最強を目指す遊び人よっ!!」と言い張った。
セリカが獣人男を説得している中、俺とフェンとアネータさんの三人は、
「おい、攻撃はそんなものか?」
フェンがイリビィートの前爪攻撃を大剣で防ぎながら、ますます挑発する。
「あら、余裕そうな発言ね……。でもこの攻撃は防ぎきれるかしら?」
またまた挑発に乗ったイリビィートは、尻部九本の巨大白尾を一束に重ねて、
「いくわよ……」
ズドンっと重い打撃一発をフェンへとお見舞いする。
攻撃に耐え切れなかったフェンは、大剣を手元から弾き飛ばされた後に……身体で強固な地面を抉り転がり舞う。
大ダメージを受けている状況にも関せず……フェンは転がる最中、イリビィート後方に位置するアネータさんへと叫ぶ。
「今だ! イケッええええぇぇっ!!!!」
そんな英雄的姿に応えるようにアネータさんはコックリと頷くと、俺が先程預けたヒノキ棒を弓へと備え、
「指示通りに撃たせてもらうと致します……」
アネータさんは弓の弦を背後へと強く引き構えると、目を閉じ集中して……
「それでは……」
弓弦から力強く手を離した。 手を離された弦は振動して、ヒノキ棒をイリビィートへ向けて飛ばす。
イリビィートはフェンに気を取られていて、ヒノキ棒の存在にまだ気付いていない。
ヒノキ棒は段々イリビィート背後へと距離を縮める。 狙い先は、獣毛の生えている率が少ないであろう『肛門』だ。
常に九つの白尾で隠れている肛門は、現在フェンを尾で攻撃していることにより全く隠されていない。
実はフェンがイリビィートを挑発しまくっていた理由は、九つの尾を攻撃することに使わせるためだったのだ。九つの尾がフェンの立つ前方へ移動すると、背後守備は丸裸になるからな……。
だが、こんなことは作戦の一部にしか過ぎない……。
「うぉぉおおおおおおお!!」
俺は大声で叫び、イリビィートへと突進する様に直進する。 コレも、前方へと注目を集める為だ。
「あら? 態々と殺されるために飛び込んできたのかしら?」
イリビィートが俺と目を合わせ大きく裂けた口を動かしていると、
――ズボッ!!
「いやぁぁあああああっ!!!!」
イキナリ大声を上げ叫び始めた。
どうやら、ヒノキ棒が肛門へと突入したらしい。
イリビィートが叫び混乱している最中……俺は足先を進行方向に仰向きな姿勢で床を滑り、四本の獣脚が支える巨大な身体腹下を勢い良い滑走で潜り抜ける。
そのまま滑る勢いで背後へ回りきる同時に、横になった身体を起こし……肛門へ全体三分の一程の先端部分が突き刺さるヒノキ棒を両手でギッシリ掴むと、
「久しぶりの魔法だな……」
俺は胸元につけた青色バッチをキラリ輝かせ、脳内で炎を放射する自身の様子を思い浮かべた。
「よし、いける……」
俺はイリビィートが未だ混乱する状況下で、ヒノキ棒へと出来る限りの魔力を込める。
そして、
「コレが俺の全力の魔法ダァァアアアアアアッ!!!!!!」
魔力の使いすぎで気絶しない様に大声で気を紛らわしながら、今自身が放てる最大火力の炎をイリビィートの身体内で放射した。
「うぎゃぁぁあああああああっ!! 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いっ!?!?!?!?!?!?」
イリビィートの身体内で燃える炎は、煙突を通る煙のように食道を逆流し通り抜け、嘆き叫ぶ声と共に口内から噴き出てきている。
巨大狐の身体姿は、徐々に初見の美しい女性の身体へと戻っていく。
さすがにこの攻撃はイリビィートに効いたらしく、さっきまでの気迫が嘘かのように呆気なく白目を向いて床へ倒れ込み気絶する。
目の前で全裸で横たわる美女を見つめて俺は思う。
なんか、お尻からヒノキ棒を抜き取るのが申し訳ないと……。
そんなことを感じつつも俺はヒノキ棒を抜き取る。
抜き取ったヒノキ棒をみてみると、……なんか粘液が付いていて、しかも臭う。こんな汚れたものをいつも通りポケットに入れると大変なことになっちゃうな。
収納する所がないので、取り敢えず手に持っていることにしよう。
俺がそう考える中、信じられない光景を目の当たりにした赤毛の獣人男は、目を見開き動揺しつつも唇を動かした。
「た、……たった三人だけであんな奴を倒してしまうなんて……一体何者なんだ彼奴らは……?」
獣人男の驚愕した声を、隣で小耳に挟んだセリカは、
「私の仲間よ! というか、その三人の中に私って入っているわよね!?」
落ち着きのないセリカの問い質しに獣人男は申し訳なさそうに、
「すまん、お前の存在を忘れていた……」
アッサリとした言葉を返す。
そんな中、俺は魔力の使い過ぎでフラフラと気を失いそうになっていた。
激しい頭痛、激しい目眩、激しい吐き気……などの症状が身体を襲う。
が、まだ此処で倒れてはいけない。 ペリシアを救うまでは倒れてはいけない。
俺は朦朧としつつある意識を気合いでハッキリと呼び覚ますと、痩せ我慢で叫ぶ。
「よし、勝ったぞぉぉおおおお!!」
だが、再生能力の高いイリビィートの事だ。いつ復活するか分かったもんじゃない。
とりあえず、目が覚めても暴れることが出来ないくらい身体をガッチリと拘束できるものが欲しいな……。
そんなことを思っていると……身体中傷だらけのフェンが、何処から持ってきたのか分からない太い鉄鎖で、
「いつ再び目を覚まして暴れるか分からない……とりあえずそこら辺に落ちていたこの鎖で身体を拘束しよう」
フェンは気絶している全裸なイリビィートをグルグル巻きにした。
後に俺たちは、遠くに見えるセリカと獣人男の元へ近付くと、
「すまないが、皆んなの居場所へと案内してくれないか?」
フェンは一言、獣人男に王宮地下牢獄の場所を道案内してもらうことを頼んだ。




