1章 第22話
「本当に此処は地下なのか!?」
視界を曇らせるガスマスクを外すと同時に、地下空間にあまりにも美しく幻想的な風景が広がっていたので、感動すると同時に驚いてしまった。
頭上を見上げてみる。 地上の木と繋がり伸びているのであろう根先が天井から少々飛び出し発光し、地下の薄暗い空間を夜空に散らばる星々の輝きで優しく包み込む様に照らしている。
足下を確認してみる。 発光する無数の小さなキノコが連なり幾つもの道を照らしてくれている。
右左前方には、多くの石造建築で造られた家があり、家壁には発光するキノコが少しばかり生えている。 遠くには、石造りの王宮らしき大きな建物も見える。
それらが合わさった光景は、今まで目にした景色の中で最も美しい。 だが、何処か寂しくもあった。
人々が暮らす場所に必要不可欠なものが無いからだろう……。
活気……人々の活気が無いのだ。 それ以前に人っ子一人の気配もない。
「なんか、空気が新鮮で立派な国なのに寂しいわね……」
静寂にセリカの声が小さく響く。
セリカの一言にフェンが、
「前に此処へ来た時は、とても活気があって騒がしいと感じる場所だった……。 思うに、六魔柱がこの国を支配しているという噂は真実だったんだろう……。 ついでに空気が新鮮な理由は、天井から垂れ下がっている根先から、地上の空気が浄化され送られてきているからだ」
そんな言葉を吐くフェンの横顔はとても寂しいものだった。
フェンはこの国が好きなんだろう。 好きな国が訳も分からない奴に支配されたら、どんな奴でも悲しい気持ちになるよな……。
と、もの思いにふけるフェンを励ます様にアネータさんが明るい声で、
「あの、その……私たちで、六魔柱とかいう相手から、この国を取り返してやりましょうよ!!」
俯きつつあったフェンが「友の故郷だからな……勿論その気だ」っと、反応する。
フェンがいう友とは、昔この場所へと導いてくれた獣人のことなのだろう。
俺もペリシアを助ける為、六魔柱とかいう奴からこの国を取り返さなければいけないな。
しかし、六魔柱という奴が現在何処に居るか分からなければ行動は始まらない。
瞬間、
――ドッカンッッッ!!!!
前方遠距離に確認できる王宮らしき目立つ建物から、大きな衝撃音と共に砂煙が舞い上がった。
「なんだ!?」
唐突な出来事にすくみあがっていると、フェンが王宮を見つめながら、
「彼処か……?」
フェンはそれだけ言うと、王宮を目指して走り出した。
付いていくように、俺たち三人もキノコの照らす道を駆けだす。
すると再び王宮から、衝撃音と砂煙が舞い上がった。 王宮に距離が近くなったことで、先ほどよりも音が更に大きく聞こえる。
「建物内でなにが起きているんだろう……」
セリカが呟くと、フェンが脚を懸命に動かしながら、
「それは王宮に入れば分かることだ。 ……もう少しで到着するぞ」
その後もしばらく脚を走らせ、俺たちは王宮の門前へと到着した。
「よし、入るぞ……」
フェンは険しい表情で言うと、眼前の立派でガッシリとした大きな門扉を重い音を立てて開く。
扉が大きく開かれるに連れて、扉隙間から確認できる王宮内の様子がハッキリとしてくる。
王宮の内装は、大理石であろう床全面に赤い絨毯が敷かれていた。 奥側には、二階へと続く緩やかな螺旋階段が二つある。
そんな広い王宮内の床に、見覚えを感じる物が落ちているのが見えた。
「え、アレはっ!?」
思わず叫んでしまい周りの視線が俺へと集まるが、
「アレって、前にレクシムで私の黄金装備を売って得た大金を詰め込んでいたカバンじゃないっ?! なんでこんな所にあるのよっ!?」
セリカが俺に続けて声を荒げた事で、スグに注目が彼女へと移った。
一瞬俺もセリカの方へ顔を向けるが、再び例のカバンへと視線を戻す。
「何故アレが……って、え?」
俺はカバン内に何かがギッシリと詰められていることに気づいた。
遠目なので見間違いかもしれないが、俺は大金がギッシリと詰められているのだと思う。
とりあえず確認するべく……床に投げ捨てるように置かれるカバンへ近づく為、王宮内へと皆を抜かし一足先に脚を踏み入れる。
同時に俺は……一階から最上五階まで突き抜ける天井から、大きく煌びやかなシャンデリアが一つぶら下げられていることに気づき感嘆した。
その後、カバンを近距離で確認し確信する。
「カバンの中身に全く変化がない……」
黄金装備で得た大金が未使用のまま詰められていたのだ。
おかしい……。 前に宿でペリシアは、大金を全て使い切ったと言い張っていたのだが……アレは嘘だったのか?
俺が深々と頭を悩ませているうちに、皆も王宮内へと入ってきたらしい。
「なんか、此処も静かねぇ……」
セリカが大金の入ったカバンを視界の端で見ながら呟く。
と、
「あらあら……人類種のお客様とは珍しいわねぇ」
!?
何処からともなく、鈴音のように美しく透き通った声が聞こえてきた。
「誰だ!?」
フェンが反射的に声の主へと問う。
すると再び美しく透き通った声が、
「いきなりあたしの領域に入ってきて、大声とは下品な人ね……」
一体この声は何処から発せられいてるのだろうか?
俺は心中思いながら辺りを見渡す。
右左を確認するが何者の姿もない。 背後を振り返ってみるが、扉しか確認できない。 残るは、前方のみ……。
そして、前方の螺旋階段へと視線を向ける。 同時に、白くスラリとした綺麗な美脚の持ち主が二階から螺旋階段を下りて来た。 しかし、脚から上の上半身が天井の陰に隠れていてまだ全身は見えない。
「声の主はお前か!?」
フェンが眉間にシワを浮かべ言う。
「そうよ……」
声主は一言返答し優雅に階段を下りきり一階へと顔をみせると、腰辺りまで伸びる真珠色の長髪を美しく靡かせ、
「名乗り遅れたけれど、あたしは『イリビィート』よ。 下品なあなた達は、此処で消えてもらうわ……」
イリビィートと名乗る白い浴衣に身を包む彼女は、少々ツリ目気味な透き通った紅い美瞳で、キッと睨んできた。
白浴衣の脚裾はとても短く、白くツヤの良い太腿が隠れずに露わになっている。
そんな彼女に俺たちは、完全に敵意を持たれてしまったようだ。
「え……いや、その……」
無言だとますます敵意を持たれるだけだと思い、俺はとりあえず口を開く。
「どうしたのかしら……?」
俺を睨みながらイリビィートは言う。 その声は、ホッソリと可愛らしく又スラリと美しい体格からは想像できない凍てついたものだった。
「……あの、その……」
話の内容を考えていなかった俺は言葉に詰まる。
するとフェンが冷静を保ちながら俺に向けて、
「コイツの機嫌なんか取らなくても良い……名前を聞いて気づかなかったのか? 眼前の女は、六魔柱の一柱【白毛妖狐・イリビィート】だからな……」
フェンの言葉が聞こえたイリビィートはニヤリと笑みを浮かべ、
「あらぁ、なに? あたしってそんなに有名なの……? 恥ずかしいわ」
瞬間、俺はとてつもない殺気に襲われた。 そんな俺の様子をみて、イリビィートが挑発するように小さな唇を動かす。
「どうしたのかしら? そんなにあたしを怖がらないでほしいわ……」
べ、別に俺は怖がってなどいない……こんな美しい女性なんかに恐怖心を抱くわけがない……と思いたい。
何故、俺は目の前の美女を恐れているのかが分からない。 イリビィートという名の彼女は美しい。 大袈裟に言えば、アネータさんよりも美しい。 美しさと可愛さを兼ね備えた容姿なのだ。
だが、彼女をみて感じることは恐怖心だった。 その次に感じるのが美しいと思う惚れ心。 つまり、彼女は最高に近い美貌よりも強いオーラの恐怖を身に纏っている。
しかし、恐れを感じる部分など容姿的に何処にも見当たらない。 だから、俺はどうして彼女へと恐怖心を抱いているのかが分からないのだ。
が、直ぐにそんな謎は解けた。
「でも、あたしの正体を知ってしまったら怖がってもしょうがないわね……。 あまり他人には見せたくないんだけれど、特別に見せてあげるわ」
イリビィートは一方通行な言葉を終わらせると、身体中を力ませはじめる。
すると、尻部辺りから九本の白く長い獣尾が生えてきて、更に頭部からは二本の白い獣耳が生えてきた。
「コレがあたしの正体よ……。もう少し形態を変化させると更に能力が上がるけれど、あの姿は美しくないからやめておくわ」
とてつもない寒気を感じた。 恐れていないと言い訳が出来ない……自身抱く悪感を騙そうと思っても騙せない。 騙したくても騙せない。 何故なら、目の前には恐怖そのものが形になったような彼女が居るから。
張り詰めた空気の中で、フェンは背負う紫色の大剣を鞘から引き抜き、
「ようやく、ヤル気になったのか?」
そんな言葉を向けられたイリビィートは笑みを浮かべて、
「わたしは元々殺る気全開よ? それよりも何なのかしら、その物騒な刃物は??」
「お前を倒す妖剣とだけ言っておく……」
フェンはそう答えると、地面を勢いよく蹴り上げイリビィートとの距離を詰める。 そして、イリビィートの腹部へと勢いよく斬りかかった。
しかし、
「そう簡単にあたしの美貌を汚させれないわ……」
大剣の刃先は腹部に当たりそうなギリギリの位置で、イリビィートの尻部から生える九本の白尾に押さえ込まれていた。
「六魔柱相手だ……そんなことぐらい知ってる」
フェンは眼前で笑みをこぼすイリビィートを睨み呟くと、俺たちに大きな声で、
「お前ら、今の隙に王宮を探索してきてくれ! オレの記憶が正しければ、この層の何処かに地下監獄へと繋がる階段があるはずだ!!」
理解がままならないが、
「分かった!!」
俺はとりあえずそう叫び返す。
すると、イリビィートの目線がフェンから俺にへと変わり、
「そんなこと絶対にさせないわ!」
どうやら標的が俺に移り変わってしまったらしい。
イリビィートは白尾を大剣から離すと、俺にものすごい速度で駆け向かってきた。
「やべぇ! 油断した!!」
フェンがイリビィートの背後を追うように走りだす。
だが、俺とイリビィートの距離差は残りごく僅かだ。 フェンが追いつく前に俺は攻撃されてしまうだろう。
痛いのは嫌だから、逃げるか。
そんなことを思って俺が逃げ出そうとした時だった。
俺に段々と距離を詰めてくる白い右脚に、一本の矢が飛び刺さり、
「!? …………うわぁぁああああっ!? あたしの白い脚がぁぁああああ!! ドンドン赤く染まっていくわぁぁああああっ!!!!」
イリビィートは血が垂れ流れる脚を見つめ苦しそうな顔で、その場に膝をつき俯き込んだ。
その後イリビィートは、俯き込んだ顔を床から正面へと向けると……
「…………誰かしらぁ? あたしの美脚に傷をつけたのは……?? あぁ……コレは更に変身して再生能力を高めないと、一生傷が残ってしまうわね……」
アネータさんへニヤリと怪しげな笑みを浮かべるイリビィートの姿が、俺の瞳に映った。




