1章 第19話
馬車の移動する速度は徐々に増していき、気づく頃には町から少しばかり離れた広大な草原を横断していた。
「もうそろ着くな……」
フェンが少しばかり険しい顔で呟き、
「迷いの森に到着する前に言っておきたいことがあるんだが良いか?」
俺たちに許可を求め、皆の了承を得ると、
「獣人国についてだか……」
口をモゴモゴと自信なさげに動かしはじめ、
「入国するのは難しいかもしれないんだ……世間にながれている【六魔柱の一柱が獣人国を支配している】という噂が真実なら……」
フェンが途端にネガティヴな事を語りだした。
俺は逆に六魔柱が支配していた方が入国できる確率が上がると感じるな。 獣人国が地下にあるという極秘情報を世間中に放ちまくっている奴なんて絶対に追い返されるだろうから。 その事がバレてなかったら別の話だが……。
まぁ、六魔柱の強さが分からない俺自身が感じた可能性だけど……。
と、
「迷いの森の入り口前に到着したぜ。 申し訳ないが、儂の役目は此処までだ……」
御者であるお爺さんの声が、馬車前方から聞こえてきた。
もう迷いの森へと到着したらしい。 そういえば出発する時に十五分程度で着くと言っていたな。
「いつもありがとうな!」
数秒前とは別人のような明るい表情でフェンが感謝の言葉をお爺さんへと告げた。
「こんな事で礼なんていらねぇさ! なんたってお前には恩があるからな!! 頑張って来いよ、お土産の冒険話楽しみにしてるからなっ!!」
「おう!」
フェンは笑みを浮かべるお爺さんに元気良く一言返すと、荷台から草地へと降車する。
一体どんな恩があるのだろうか……?
続けて俺たちも降車すると、
「んじゃ、儂は町へ戻るからな」
お爺さんは馬を上手く操って町がある方角へ進路変更し、さっき来た道を逆走して草原景色に姿を消していった。
「え?」
そんな光景を目にしたセリカが頭を捻り、淡々と口を動かす。
「もしかして、帰りって徒歩だったりするの……?」
「そうだけど?」
当たり前だという風にフェンは告げると、迷いの森の入り口へと視線を移し、
「んじゃ、これを装着しろ」
手に持っている小さめな鞄からガスマスクを三つ取り出した。 その後、一つは自分に付け……残りは俺とセリカに手渡し森の中へと一足先に踏み込んで行ってしまった。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
俺は手渡されたガスマスクを顔に装着すると、フェンを追って森へと駆け入る。
セリカとアネータさんもすぐにガスマスクを装着し、俺の背後を追いかけてきた。
「あのぉー、少しだけ待ってくださーい!」
「はーい!」
アネータさんの美しい声が聞こえたので、俺は元気よく返事をしてその場に立ち止まる。
「…………なんか視界が悪いな……」
森の中に入って判明したが、催眠ガスであろう白霧が視界を邪魔して三メートル先がギリギリ見えるか見えないかと視野範囲が狭まれている。
催眠ガスを吸わなくとも、方向感覚が狂ってしまいそうだ。
「皆んな何処に居るのぉぉおおおおおー!?」
森へ足を踏み入れてまだ三分も経たない内に、セリカは迷ってしまったらしい。
「はぁ、……此処だよここっ!!」
霧で視界が制限されている中、セリカへと叫ぶ。
俺が大声を上げていると、アネータさんが俺の元へと到着した。
「待っててくれたことに感謝です!」
「仲間ですから、こんな事で感謝なんて不要ですよ!!」
冗談まじりで言うと、アネータさんはクスクスと可愛らしく笑みをこぼす。
……こんな笑顔を独り占めできるなんて幸せ。
って、フェンは何処へ行ったんだ……?
そんなことを感じていると、
「あ、居たっ!」
途端に背後からそんな声が届いたので急いで後ろを振り向くと、顔を真っ赤にしたセリカの姿があった。
「もう! 一体何処に行ってたのよ!!」
その発言は、迷子になった立場であるお前へ俺たちが言う言葉だ。
まぁ、そんな事よりも今はフェンを探さなければいけないな……。
俺はセリカとアネータさんを背に、取り敢えず森内を探索することにした。
「セリカ、お前勝手にどっか行くなよ」
「急になによ、迷子なんかにならないわよ!」
……さっきまで迷子になっていた奴の言葉は全く信用できないな。
そうこう話しながら森を彷徨っていると、霧の中ボンヤリとだが何か大きく太い物が一つ佇んでいることに気付いた。
「なんだアレ?」
俺は呟くと、セリカとアネータさんと共に謎の物体へと少し早歩きで近づいて行く。
「ようやく、来たか……」
「「「!?」」」
謎の物体まで残り四メートル程の距離で、何処からともなく聞こえてきた声に俺たちは驚愕する。
って、この声質は……。
「……もしかして、フェンさんですか?」
アネータさんが声の主へと尋ねると、
「そうだ。 今お前たちの少し目の前に居るぞ」
そう聞いた俺たちは、謎の物体との距離をユックリと歩き詰める。
すると、フェンの姿がスゥーっと霧の中から浮かび出てくる様に現れた。
「待っていたぞ……」
目が合った瞬間、フェンは落ち着きのある声で俺たちに告げ、謎の物体へとビシッと指を向ける。
お前が一人勝手に先頭きって森に入っていなければ、待つことなんて無かったんだぞ?
俺はため息をつくと、謎の物体へと目を向ける。
「なんだコレ?」
目に映ったのは、地面から強強く生える細い木の蔓が何本……何千本も上へ上へといった感じで絡まり合い、一つの大きな木になったものだった。 横幅は約五メートル、高さは約十二メートルといったところだろうか?
「……この巨大な木の下に獣人国への入り口がある」
「いや、コレを木とよんでも良いのか?」
確かに見た目は木だ。 しかし、なんか違う! どこか木じゃない!!
俺がフェンの言葉にそう返すと、フェンは口を尖らせて、
「いや、木だろっ!? どこからどう見ても木だろっ!?」
キレ気味に言い返してきた。
そして、
「まぁ、コレは獣人国への入り口を守る扉の鍵の様な役割を担っているものなんだ」
フェンはどこか投げやりな様子で、俺たちへ口先を向けて説明をした。
「いや、その木が獣人国の入り口を守る役目の物だとしたら……俺たち入国出来なくないか?」
「だから、今からそのことについて説明をしようと思ってたんだ?!」
フェンは眉間にしわを寄せ、俺へクワッと叫ぶ。
ちょっ、なんかセリカとアネータさんがお前の起伏の激しい感情に怖がってるから落ち着いてっ!! てか、なんでそんなに荒ぶってるの!?
「こ、コイツ危ない奴だったのか……?」
セリカ、思っても今普通そういうことは言っちゃいけない状況だよね?
「チッ、」
俺の思いがフェンへ伝わったのか……舌打ちをした後、フッと深呼吸して感情を落ち着けると俺たちに告げる。
ちょっ、今の舌打ち何っ!?
「簡単に説明する……。 近くに『赤いキノコ』が生えていると思う。 んで、そのキノコを地面から引っこ抜け。 そしたら木の蔓が解けて、獣人国への道が開かれる」
え? よく理解できなかったけど……。 取り敢えず赤いキノコを見つけて、地面から引っこ抜けば良いんだな……。




