1章 第1話
――とある小さな村内にて、
「カナヤくん、若い者は旅をしなきゃならん! それが、この村のしきたりなんじゃ!!」
四方を障子で囲まれた八畳間で、俺は村長にそんな言葉を投げかけられた。
突然……村長のお屋敷に呼び出され、いきなりそんなことを言われても、俺の思考回路は現状に追い付けず理解がままなっていない。
部屋の中には俺と村長の二人のみで、お互いに向かい合って畳の上に正座をしている。
村長は、年老いた黒い瞳をギラリと見開いて……現状に困惑している俺にプレッシャーを与えようとしているのか、ジッとガン見してきている。
……何故こうなった?
と、
村長の口が再び開く。
「この村のしきたりを知っているじゃろう?」
しきたり……俺はそのことを知っている。
どんなことか簡単に説明をするのなら、『この村では、十八歳になったら魔王を倒しに旅に行かなければならない』というのが正しいだろう。
まぁ、皆んな目的を達成せずに二十代後半で村に帰って来るんだが……魔王を倒すまでこのしきたりは子々孫々続くらしい……。
そして、今日で俺は十九歳。そう……その『しきたり』とやらを一年間実行せずにいたのだ。
別に、反抗して敢えてしきたりを破っているわけではない。
気付いたらこんなことになっていたのだ。
今日呼び出されるまでロクに外へと出ずに、家でぐうたらずっと寝ていたら気付いた時には、十九歳になっていたのだ。
ただそれだけのことなんだ。
しかし……家を出たのは、いつぶりだろう?
十六歳の時、嫌々両親に村の真ん中にある井戸に飲み水を汲みに行かされた時だろうか?
とまぁ、
俺は三年間ズッと家から足を踏み出さなかった。世間的にいうのなら『ニート』なのだ。
そんな俺に……魔王を倒しに行けとか、おかしいだろう。
そもそも村のしきたりがおかしすぎるだろう……。どうせ二十代後半で村へと戻ってくるのなら、行かなくても良いのでは?
……そういや、ズッと前に行かなくても良いかと村の誰かに聞いた時に、『精神を強くするため』と教えられたな。
俺が心中でそんなことを考えている時だった。村長が、弱音を吐くように口を開く。
「実は……しきたりもそうじゃが。頼みごとがあるんじゃ……」
言い終えるや否や……村長はスクリと立ち上がって、自身の背側にあった障子を横へ勢いよく開いた。
刹那、
淡く柔らかな印象を放つ透き通った白銀の長い髪と、大きな青玉色の瞳が特徴的な、年の頃十八、九くらいの美少女が此方へ顔を向け佇んでいるのが視界に映った。
きめ細やかな肌はまるで空に浮かぶ白雲のよう。
清楚だが威風がある容姿と甘い匂い、楚々と整った顔立ちから神話物語で語られる女神や天使を連想されられる美貌に心踊らされる。
だが一見、儚げな印象を与える美しい容貌とは裏腹に、少女の衣装は少々歪だった。
顔以外の全身を覆う黄金の装甲に、腰には色とりどりの宝石が綺麗に嵌め込まれた黄金の長剣……鎧と剣を見るからして、どちらとも物凄く良い物だと判断できる。
と、
急に眼前に現れた美少女が、俺に向かって笑顔を浮かべ、
「えぇと、今日から、一緒に旅をする……。名前は『セリカ』よろしくっ!」
爽やかな笑顔を浮かべて決めているつもりなのだろうが、哀しいくらいに決まっていなかった。
俺の第六感からして多分こいつ性格悪い……。
……というか、一緒に旅? なにそれ聞いてない。
すぐさま俺は、村長の方へと顔を向けた。
それに気付いた村長は顔を背け、やましいことがある感じでなにやら話し始める。
「じ、実は……。儂の孫もカナヤくんと同じ歳なんじゃ……。だから、その……頼むっ!!」
目の前で村長の凄まじい土下座が放たれた。
「いやいや、そんな身体を張られても余計に困惑するだけだから!! そもそも俺、旅に行くとも言ってないし!?」
そう告げると……村長は何を勘違いしたのか、こんな言葉を口から吐きだす。
「安心せい……武器じゃろう。男のロマン、武器が無いと旅に行けないと言っているのじゃろう。安心せい、武器なら用意してある……。ほれっ、コレじゃ」
そういえば、旅立つ前に村から装備品を貰えるんだったな……。
そうして、俺の前に『ヒノキ棒』が哀しげな音を立てて転がった。
「…………」
いや、村長の孫と俺の装備の差がどうかしてる!?
村長はそんな棒っキレを見ながら、清々しいくらい堂々と言葉を解き放つ。
「どうじゃ! コレで満足じゃろう!!」
微かにだが、村長の額に汗が慕っているのが目に付いた。
焦りだろう……焦りを感じているのだろう。
そこで俺が、不満を吐く。
「なぁ、ヒノキ棒でどう戦えと……? 確かにこの村周辺の魔物だったら、まだ弱くてなんとかなると思うが……?」
瞬間、村長の口から思いがけない言葉が飛んでくる。
「そうじゃ、そうなのじゃ! ここら辺の魔物には通用するんじゃ!!」
「いや、そういう意味で言ったわけじゃないんだよ! 俺と、あんたの孫との装備差が……明らかにおかしいんだよ!?」
どう考えても装備品が公平じゃない。俺は、道端に落ちていそうな木の棒だけなんだよ?
お孫さんは……伝説の剣と言われても信じてしまうくらい立派な宝石が施された黄金の長剣に、すごい煌びやかな黄金の鎧の完全装備だよ?
……てか、お孫さんの黄金装備よく揃えたな。
そう思った俺は、村長に訊いてみた。
「なぁ、お孫さんの黄金装備って、どうしたんだ? こんな素晴らしい装備品を買うお金がよくあったな……。村長のポケットマネーか?」
途端に、村長は顔を真っ赤に染めらせ多量の冷や汗をかきながら顔を床へと伏せる。
と、
俺が村長に質問したはずの疑問を……『セリカ』という名のお孫さんが堂々と答えはじめた。
「決まっているじゃない! 税金よ!! この村の民が納めた税を全て使い、態々家に隣町の鎧職人を呼んで、オーダーメイドで作ったのよ!! もしかして、あんた知らないの!? 十八歳になってしきたりで旅に出る時には、村から装備品が贈られるのよ?!」
「今、とてもヤバいことが聞こえたんだけれど。村の税金を全て使ったと言ったか?」
「あ……」
「ついでに言うが、さっき村長がお前と俺の年は同じと言っていたぞ? 今サラッと『私は、十八歳です』オーラ出してただろう!?」
「ゔっ、うるさい! てかあんたはニートなんでしょ!! なんで私が、あんたみたいな奴と一緒に旅に出なきゃならないのよ!! 不快だわぁぁぁぁ」
先程まで彼女へ抱いていた、少しの好感が……完全に消えた。
「てか、お前も十九歳になってこの村にいるってことは……」
「私は違う、ニートじゃない! 大事に育てられ過ぎて、家から一歩も出たことが無い箱入り娘よ!! なんか文句でもあるの?!」
……いや、ソレって俺よりもヤバくない?
と、
俺の目の前で顔を伏せていた村長が、ポツリとなにやら呟き始める。
「……という訳で、この村の税金を全て使ってしまったんじゃ……。このことが村民に発覚したら大変なことになる、だから頼む! 儂の孫と共に魔王を倒して来てくれまいか? 魔王を倒したら報酬として国から巨万の富が貰えるのじゃ!! この村に混乱が訪れる前に頼む!! お前たちに全てがかかっているんじゃ!!!!」
こんな発言を聞き終えるなり……村長の凄まじい土下座が、再び披露された。
土下座を目前に、俺は考えてみる。
……断りたいところだが、参ったな。村が混乱してしまうという状態になるのは避けたい。
悩む悩む……。
毎日変わりばえのないニート生活と、美少女と毎日を過ごせる大冒険。考えてみると、旅に出るのも悪くない……。
むしろ。こんな村なんか捨てて、美少女と二人っきりで、長き旅行に行くと置き換えて考えてみたら……最高じゃないか。
なんかテンション上がって来た。
しかし、
ニート二人で村の外へと出るのは危険過ぎないだろうか……?
と、
「チョッと、早くしてよっ! どうせニートのあんたなんて……居ようが居ないが同じことなんだから、早く支度をしないと村に取り残して置いていくわよ?」
「ちょ、ニートじゃないっ! 家でぐうたら昼寝とかしていたら……気付いた頃にはあっという間に、三年という月日が過ぎていただけだから!! てか、それ言ったらお前どうなるんだよ!?」
俺は、焦りと羞恥などを丸出しにして言い返したが……セリカは自分の黄金の鎧に心から浸りつつ、軽く受け流しながら言ってくる。
「まぁ、良いわ。それじゃあ、私一人だけで旅立つことにするわ……」
言いながら、セリカはクルリッと半回転して俺の方へと背中を見せて旅立とうと――。
その時だった。
俺の本能が心の奥底で木霊する……。
今、一緒に行くと言わなければ、一生美少女との冒険が無いかもしれない。
いや、無いだろう……。
そして気付いた時には、俺はセリカへと大声で『俺も一緒に行くぞ!』と、言ってしまっていた。
この一言を聞いたセリカは……ピタリと足を止め、首だけ俺の方へと向けて唇を動かす。
「分かったわ。しょうがないから……ニートを一名、私のパーティに入れてあげるわ。足引っ張ったら、パーティから外すからね?!」
……よし。こいつは旅の途中にでも、魔物の巣窟に置き去りにして、ひと泣きさせてやろう。
俺はそう決心し、まだ見ぬ世界に期待の気持ちを抱きながら旅立つことにした。