6章 第2話
王宮の外へと出るなり、その目前の光景に驚いた。
「はいはーい! 魔王討伐記念っ。本日に限り、店の物を全品半額にしてるよ!」
「世界平和まんじゅうは、如何かしらーっ? 今買うと、二つオマケするわよー!」
「へいっ、魔王討伐記念祭を楽しもーぜ!!」
朝っぱらだというのに……。街を行き交う人々はお酒を片手に、ワイワイと騒いで楽しんでいる。仮装しながら物を売り歩く人もいれば、楽器を持ちながら気持ち良さそうに音を奏でている人もいる。
「……な、なんだこれ?」
俺たちが街の光景に言葉を失いかけ驚愕していると、仮装をした一人の男が近づいてきた。
「どうしたんだ、お前ら……って!? 此処におられるのは、救世主様たちじゃねぇか!?」
「救世主……?」
ペリシアが首を傾げて問い掛けると、仮装をした男はニコニコと再び口を開く。
「知らねぇのですかい? 魔王を倒したことで皆さんは、救世主と呼ばれているんですよ。そんでもって今日この街では、そんな救世主たちが世界平和をもたらしてくれたことに感謝して、祝っているんですよ。いわば、魔王討伐記念祭ですね……」
「そんなことが、行われていたのか……。全然、知らなかった」
王宮の防音性が凄すぎて、外からの雑音は一切に聴こえてこなかった。もっと早く把握してたら、遺跡調査へと行く前に少しだけ遊べたかもしれない。
残念だと感じながらも渋々に俺は、依頼達成に向けて街の外へと向かうことを決意した。
その時。隣にいたセリカが、ニカッと笑みを浮かべて言ってくる。
「ねぇ、カナヤ! 少し、遊んで行きましょうよ!! 依頼ならいつでも出来るのよ? 祭は、明日とかで終わっちゃうんじゃない?」
「ダメだ……。仕事をするのが先だ」
セリカの気持ちは分からなくもないが、俺は心を鬼にして言い切った。
セリカのことだ。何か言い返してくると心構えでいたのだが……。
「そうよね……。まぁ、依頼あるし。街に帰ってきてから、楽しむことにしましょう!」
「お、おう。そうだなっ!」
素直なセリカの言葉に、思わず俺の頰から笑みがこぼれてしまった。
罪が消えたことで、街を堂々と歩ける気持ち良さ。久々な仲間たちとの冒険……。俺は顔から益々笑みをこぼしながら、元気よく言う。
「それじゃあ! 早く街に戻ってこれるように、さっさと依頼ノルマを達成しに行くか!!」
「ぅばごべぶぐず……ゴクンッ! そうね。それよりも、このまんじゅう美味しいわ! カナヤも食べる?」
「……えっ?」
声のした方を急いで振り向くと……、饅頭などを売り歩いている女性から、沢山の試食をもらっているセリカがいた。
……うん。美味しそうだな。
「――ゴクンッ……。此処が遺跡ね。モグモグ」
「だな。早速、調査しに入ろうと思うけど、準備は良いか? ……特にセリカ」
「準備万端よっ! ……モグモグ」
俺たちは、街を出発してから数分ほどの場所に存在する遺跡へと到着していた。
緑色の蔦が根強く張っている白い神殿のような建物が、地面に半分以上埋まった形で姿を現している。土を掘り返したりした時にでも、偶然発見された遺跡だろうか? 真相はわからないが、今から俺たちはコレの内部を調査しなければいけない。
「モグモグ……。それじゃ、さっさと行くわよ!」
「とりあえず、セリカ。まんじゅう食べるの一回やめろ」
両手に沢山の饅頭が詰まっている紙袋を持つセリカに注意すると、俺は先頭を切って遺跡の内部へと足を踏み入れることを決意した。
「……思ってたより、明るいな」
まだ入り口付近とはいえど、今まで潜入してきた洞窟などよりも確実に明るみを感じた。
周囲を見渡してみて気付いたが、蔦から発せられる明かりのお陰だろう。
俺たちは更に奥へと進んでいく。
土に埋まっているので、土砂などが酷いかと思っていたのだが、意外にそうでもなかった。大理石の緩い坂道が、広々とした一直線で延々と続いているだけだ。
そんな中、俺の少し後ろを進んでいたフェンが唐突に声を発する。
「なぁ……。皆んな見逃して進んでいるが、此処に隠し通路みたいな細い道があるぞ?」
「えっ、本当か?」
俺は先ほど歩いてきた道を少し戻り、フェンへと近づいていく。
そして足を止めるなり、多量に折り重なる蔦壁に隠れている、細い道が確認できた。
「蔦が邪魔だな……」
俺が呟くなり、フェンは剣を引き抜いてバサバサと多量の蔦を斬り裂いていく。そして、手を止めるなり俺に向かって問いかけてくる。
「よし、通れるようになったな。入る……?」
正直言って……。邪魔な蔦が無くなって入り口は広がったのだが、細道の奥に薄っすらと蜘蛛の巣とかが見えているので、足を踏み切れる気は一切湧かなかった。
虫とかに抵抗がある俺は遠慮しながら、セリカの方を向いて言う。
「調査隊の第一号として、お前が此処に入ってみるか……?」
……地位などに関することに目がなく、好奇心旺盛なセリカのことだ。この発言に、きっと乗ってくれるだろう。
俺がニヤリと悪戯めいた笑みを浮かべるなり、セリカは瞳を光らせて走り寄ってくる。
「えっ! 第一号を貰っちゃって、本当に良いの!? それじゃ、入らせてもらうわよ!!」
言いながらセリカは両手に持つ饅頭を床に置くと、細い道へと横向きになってゆっくり入って進んで行く。
と。セリカが、頰を赤らめて呟く。
「…………胸が。ちょっとだけ、苦しいわ」
この言葉に、フェンは真剣な表情で返答する。
「ま、まさか……。魔王の呪い!?」
……な訳ないだろ。
俺が苦笑いを浮かべる中、セリカはどんどんと奥へ進んでいく。奥へ奥へと進んでいくセリカの姿は、数十秒で闇に消えていった。そんな光景を俺たちは無言で眺める。
――数十分後。
セリカは、全裸の赤ん坊を連れて戻ってきた。
頭部の両端から一本ずつ生えている羊のようなツノ。額で小さく輝いているひし形の宝石のようなもの。人類種ではあり得ない特徴を持った容姿をしていることから、赤ん坊は魔族だと把握できる。それと……、股間についている小さなブツから、性別は男だと判断できた。
すぐに俺は、心中に感じた疑問を口から発する。
「おい。その赤ん坊、どうしたんだよ?」
「なんか……。奥に進んで行ったら、大きい空間が広がっていて。そこに、この子が居たの!」
……なるほど。分からん。
セリカを除くこの場にいる皆が頭を悩ませていると、腕に抱かれている赤ん坊が床にある饅頭を指差しはじめた。
「キャハハハハッ! んんっ!!」
この行動を目にしたセリカは、紙袋に入った饅頭を一つ取り出して言う。
「どうしたんでちゅかー? これが、食べたいのですぅ?」
「んきゃっきゃ! んんっ!!」
赤ん坊は短い腕を伸ばして、セリカから饅頭を取り上げると、パクリッと一口でそれを飲み込んだ。
この姿を見るなりセリカは瞳を輝かせて、赤ん坊を力強く抱きしめる。
「食用旺盛な子ねぇー! これは、将来が有望だわ!!」
……将来、フードファイターにでも育てる気かよ。
俺がそんなことを思いながら眺めていると、セリカはキラキラとした瞳で振り返ってきて断言する。
「私、この子を育てることに決めたわ!!」
「「「正気かっ!?」」」
フェンとペリシア、そして俺の声が、丁度よくハモった。
すぐさま俺は、思ったことを伝える。
「おお、お前……! 自分自身のことですら、まともに出来てないのに。……絶対に、育児放棄とかすることになるぞ?」
「なによ!? なんでそんなこと言うのっ! 立派な大人に育て上げてみせるわよ!!」
「無理だ。やめておけ!! もう良い。今日はもう帰るぞ!! 赤ん坊は置いていけよ。ここを通りがかった人が、きっと心配して引き取ってくれるからさ」
「カナヤって、たまに鬼みたいなこと言うわよね! きっと心の中は、真っ黒なんでしょうね……!!」
「なな、なんだとぉ……!」
俺がセリカに言い返そうと次に発する言葉を考えていたら、フェンが真剣な眼差しで口を動かす。
「セリカ……。育てたいという気持ちは分かるが、カナヤの言う通り、此処に置いて行った方が健全だとオレは思う。もしも育児が失敗してしまって、餓死でもさせてしまったら……。最悪、死刑だぞ?」
「…………ゔっ」
この言葉を耳にするなりセリカは、ピタリと動きを停止させた。やっと、育児の大変さなどについて把握したのだろう。
これでキッパリ諦めがついたと感じた俺は、セリカに一言だけ告げて先に街へ戻ることに決める。
「好きなだけ赤ん坊に別れの挨拶をしてから、街に戻ってこい。先に祭りを楽しんでるからな」
こうして俺たちはセリカだけを残して、少し先に遺跡の出口を目指した。
遺跡からの帰路。数分の道のり進み、やっと王都の姿が見えはじめてきた時だった。
「ねぇ、待って! なんで置いていくのよ!?」
後方から、セリカの声が届いてきた。
……赤ん坊との別れを済ませてきたのか。
思いながら振り向くと、お腹を膨らませたセリカが視界に映った。
俺が唖然と足を止める中、セリカは俺たちに追いつく。
「はぁはぁ……。やっと追いついた」
呼吸を荒くしながら額の汗を手の甲で拭いているセリカに、俺は質問する。
「……お前。その腹どうした?」
「えっ? えっと、まんじゅう食べ過ぎた??」
目を物凄い勢いで泳がせながら返答してきたセリカに対し、俺は更に激しい口調で問い詰める。
「お前の食べた饅頭は、石でも詰まってたのか!? それか、お前の消化器官が壊死してるのか!? じゃなきゃ、こんな腹にならねぇよ!!」
言いながらセリカの膨らんだ服を勢いよくめくり上げると、先ほど遺跡で見た赤ん坊と目が合った。
「……ば、ばぶぅー?」
ウルウルとした瞳でジッと見つめてくる赤ん坊を無言で眺めていたら、セリカがそっと言ってくる。
「ねっ、可愛いでしょ……? そ、それと。そろそろ服から手を離してくれないかしら? 少し、エッチよ??」
「うん。分かった……」
不覚にも赤ん坊を可愛いと思ってしまった俺は、素直にセリカの服から手を離してあげることにした。