6章 第1話
窓の外から、チュンチュンと小鳥のさえずりが聴こえてくる優雅な朝。
「ちょっ、カナヤ! いつまで寝てる気なの!?」
「ゔぅ……。な、なんだよ?」
ふかふかなベッドで熟睡している俺の頭上に、セリカの慌ただしい声が降り注いできた。
機嫌悪く起こされた俺は、布団にくるまりながら上半身を起こす。そして、しばらくボーとしながら周囲を見渡してみる。
……うん。とっても豪華な部屋だ。
部屋の個数とかの関係で、セリカたち皆と一つの部屋で寝泊まりすることになってしまったのだが、一晩を過ごして息苦しさを全く感じさせない空間だと感じた。
座り心地の良いフワフワなソファー。見渡す限り瞳に映る、美しい置物や家具。清潔な空気。
今まで寝泊まりした部屋の中で、居心地が一番良い空間だ。さすが、王宮といったところだろうか。
そんなことを呆然と感じていたら、再びセリカの声がキーンと鼓膜に響いてくる。
「ねぇっ。起きたなら、早くコレ見てよ! 大変なのよ!!」
「分かった。だから、朝っぱらから大声ださないでくれよ……」
俺はため息を吐きながら、顔に貼り付けてくるように差し出された一枚の紙を受け取る。
「なになに……? すみません。魔王を倒すという目的を果たしたので、自国に帰らせてもらいます。また機会があれば、よろしくお願いします。アネータより……。って。えぇええええっ!? なんだ、この手紙っ!!」
「だから大変だって、言ってたでしょう! トイレに行こうと起きたら、アネータの姿ない代わりに、この手紙が置いてあったのよ!!」
俺は急いで、昨晩アネータさんが横になっていたベッドへと視線を向ける。
アネータさんの姿は無かった。それどころか、アネータさんの手荷物すら何一つ見当たらない。
……おい。冗談だろ!?
さらに俺は、部屋全体を見渡してみる。ぐうすか能天気にイビキをかいているフェンとペリシアの姿は確認できるが、やはり何処にもアネータさんの姿は確認できなかった。
現状に俺が落ち込んでいると、コンコンと部屋の扉を外からノックしてくる音が空間に響いた。
「……失礼します。朝食のご用意ができましたので、お呼びに参らせてもらいました」
そんな言葉と共に部屋の扉が開かれて、メイド服を身に纏う年若い女性が俺の視界に飛び込んだ。
ボブショートの黒髪に、フリルのついたカチューシャ。少しツリ目な瞳は、性癖に刺さってくるような美しさが隠れている。それと、色白で小柄な身体が愛らしく感じる。
「……えっと。たしか貴女は……? ソフランスキーさん、だっけ??」
「いいえ。全然、発音が違います。馬鹿なんですか? ソフランスキー、です。そんなことより……。せっかく作った朝食が冷めてしまう前に、二人の寝坊助さんを早く起こしてあげてください。……では、私は食堂で待っていますね」
少し口の悪いメイドは淡々とした口調で告げ終えると、静かに扉を閉じて立ち去った。
俺はメイドが述べてきたように、二人の寝坊助を起こしてやると、皆と共に食堂へと向かうことにする。この部屋から食堂までは、そんなに距離はない。同じ二階に位置している。
そんな道中。涙目のペリシアが俺に向かって、問いかけてくる。
「ねぇ、なんで……。アネータを引き止めなかったの? ぐすん。アネータに会いたいよう……」
「いや、寝てたし……。そんなこと言うな。俺も、泣きそうになる!!」
ペリシアにつられて俺も泣きそうになっている内に、食堂へと到着した。
白い布が敷かれる長テーブルの上に置かれている食べ物が、美味しそうな匂いを醸し出している。それと……、食堂の大きな窓からは、色取り取りな草花が植えられている庭園を眺めることができる。……最高の食事だ。
「おや、やっと来ましたか……。おそいですよ」
火の付いていない暖炉の前に立っているソフランスキーは、俺たちの存在に気付くなりチッと舌を鳴らした。
この行動に俺は少し怯えながらも、用意されていた席に座って食事を開始する。
アッサリ目な味付けのコーンスープに、食べると体力が漲ってきそうな野菜と卵料理。それと、骨を健康にしてくれそうな牛乳。
昨晩に比べて量が少ない食事だが、朝はコレぐらいが丁度良い。
俺が目前の物をパクパク食していると、王冠をかぶる大王が笑みを浮かべてやってきた。
「おはよう。朝食は美味しいかな?」
「ぅばごべぶぐず……ゴクリっ!! とても、美味しいわ!!」
口に含んでいたものを無理矢理に飲み込みながら、セリカはニカっと笑顔をみせた。
これに機嫌をよくした大王は、更に笑みを浮かべて唇を動かす。
「それは良かった。それで、昨晩の遺跡調査の依頼の件なのだが……。今、良いか?」
「良いわよ!」
セリカが元気よく答えた。
「ありがとう。では……、朝食を済ませたら、すぐに遺跡へと向かってくれ」
「分かったけど、話はそれだけ?」
セリカは、キョトンとした表情を大王に向ける。対して大王は、穏やかな口調で再び言葉を発する。
「いや……。依頼の件とは別に、報酬の件で話が残っておる。端的に言うと、屋敷をどこに建てるかというものなのじゃが……」
「王都に建ててちょうだい! レクシムっていう街に建ててもらおうとも考えてたけど、その近くの村に住んでるお爺ちゃんと今喧嘩しちゃってるのよ。そんなお爺ちゃんに見つからないように、王都にしてほしいわ! 王都なら広いし、何より村から結構離れているから丁度良いのよ!」
「分かったぞ! それじゃあな。食事中すまなかった」
大王は上機嫌に言いながら、ズシズシと立ち去って行った。
そんな大王を軽く見送りながら、俺はセリカに身を乗りだす勢いで問いかける。
「ちょっ、おい!? お前、村長と喧嘩してたのか!」
「そ、そうよ! だから、しばらく村には帰らないことにしたわ。だからカナヤ。私が村に戻るまで、永遠に一緒に冒険していきましょ!」
「お、おう……。別に良いけど」
……最初、村から旅立つことになった日。あんなに帰りたがってたのに、なんか成長したな。
俺がしみじみ感動していたら、食事を終えたフェンが立ち上がり言う。
「それじゃ。もうそろしたら、遺跡に向かおう!」
……そいや。フェンを正式に仲間へと加えた覚えがないな。
そんなこと思いながら、俺も食事を終えたので立ち上がった。