5章 第78話
「――ねぇ、あそこが怪しいわ!! あの、少し凹んでるところ。きっとアレは、スイッチなの。押すと、隠し通路に繋がる扉が開くと思うのよ!!」
俺たちが隠し通路を懸命に探している中、セリカは背伸びしながら天井を指差して言った。
目を凝らして見上げてみると、確かに薄暗い中に凹んだ部分が見当たる。しかし、天井の高さからして、背伸びしても届かない距離。四人で段々に肩車したら、やっと届くような高さだ。
まぁ……、四段肩車なんかしてバランス崩したら、後頭部とか打って戦闘不能確定だな。危ないから、こんなことはしたくない。
「なぁ、アレがスイッチだとして……。どうやって押すんだよ?」
俺が問い掛けると、セリカはドヤ顔で剣を鞘から引き抜いて微笑む。
「こうすれば良いじゃない……!」
言いながらセリカは、黄金に輝く剣を天井の凹みに向かって勢い良く投げた。
だが。それは届くことなく宙で弧を描いて、俺の方に向かって降ってくる。
「うぉおおおおっ!? やべぇ!」
俺は間一髪で避けて、黄金の長剣は地面にピンッと力強く突き刺さった。
「殺す気か!?」
「そんなわけないでしょ! 見てなさい。次こそは、成功させてやるわ!!」
「頼むから、もうやめてくれ!」
俺の足先にある長剣を引き抜こうとするセリカに言うと、機嫌を悪くしたような言葉が返ってくる。
「じゃあ、どうやってアレを押すのよ? なんか効率の良い方法があるわけ??」
「そ、それは……」
……確かに今回、効率の良い方法を考えなければいけないのは正しいことだ。魔王がオーブを魔力で満タンにしてしまう前に、辿り着かなければシュティレド達の想いも無駄にしてしまう。
俺が頭を悩ませる中、突然にペリシアが「あっ!」と大きな声を響かせる。
急な大声にビクついていたら、フェンが落ち着いた表情でペリシアに訊く。
「どうしたんだ? なにか、良い考えでも思いついたのか?」
「そうなの! 物凄く良いこと、思いついちゃった!!」
俺とセリカは、この会話に耳をグッと傾ける。
「ほぅ。どんな考えだ?」
「それは……。靴を飛ばすの」
……さっきのと、あんまり変わんねぇじゃん。まぁ、危険性は格段に低下してるけど。
期待ハズレにため息を吐いていると、隣でセリカが右脚を全力で振り切って、靴を勢い良く天井へと飛ばした。
「どうかしらっ!? 今の一撃は、自信に満ちているわ……!」
しかし。先ほど同様に天井へ到達することなく、又しても俺の方へ落下してくる。
「なんで毎回、俺に向かって落ちてくるんだよぉ!?」
俺が声を荒げながら、降ってくるセリカの靴を避けようと脚を動かしている時だった。
「ていっ!!」
ペリシアが、右足の靴を勢いよく飛ばす。それは俺の頭上を素早く横切ると共に、落下するセリカの靴に命中した。
「……うぉ、なんかすご」
目前の光景に感心している中、激しく跳ね飛ばされたセリカの靴が天井のボタンに当たる。カチリという音が空間に小さく響くと同時に、大きな音を立てて地面が揺れはじめた。
「うおっ、なんだ!? って……、目前の行き止まりが、凄いことに!」
揺れと共に、正面に見える壁の真ん中に一直線の亀裂が走った。そんな亀裂の幅はどんどんと広がっていき、その隙間から禍々しい光が漏れてくる。
唖然と立ち尽くしている俺と同様の格好で、フェンが声を漏らす。
「か、隠し扉が開かれたのか……?」
「ちょっ、そんなことより私の靴っ! 私の靴が、なんか天井の亀裂に挟まっちゃっているんですけど!?」
セリカの慌ただしい声が、鼓膜に強く響いてきた。そんなこと御構いなしに、一本の大きな亀裂の幅はどんどん横に拡張していく。
「ねぇっ、聞いてるの!? 私の靴がぁ……。ぐすっ、ゔぇええええん! あだじの、おぎにいりのぐづがぁ!!!!」
「たくっ、うるさいなぁ! そんなに大切なものだったら、最初から投げるなよ!?」
「ゔぅっ、カナヤが! まだ再会して間もないカナヤに、ヒドいこと言われだぁ! 離れてる間に、悪魔に魂を売りでもしたの!?」
……コイツ。少し成長したと思ってたけど、なんか退化してたな。
俺が泣き喚くセリカに幻滅していると、ペリシアが片脚立ちでピョンピョン飛び跳ねながら真横を通り過ぎる。揺れる地面で片脚立ちとは、器用なものだ。そんなにまで、靴下を汚したくないのだろうか。
……靴を拾いに行こうとしてるんだな。
ペリシアの行動を横目で追っていると、衝撃なことが判明した。
……えっ、靴先が壁に突き刺さってる!?
俺が目を丸くして驚いていると、ペリシアは石壁にめり込むように刺さる靴を力強く引き抜いた。女とはいえ、獣人の脚力は恐ろしい。
そんなこんなしている内に揺れが収まり、正面の亀裂式の扉が完全に開き切って、一つの大きな部屋が姿を現した。
赤い絨毯が敷かれる大理石の床。大きく太い何本もの柱が、禍々しい悪魔が鮮明に描かれている天井を支えている。そんな天井の真ん中には、紫色の炎が灯る巨大なシャンデリアが確認できる。そして部屋のずっと奥に、骨で造られた玉座に座る者が見えた。
「アイツが、魔王なんだろうな……」
立ち上がったら、三メートルぐらいの身長はあるのだろう。頭部にヤギの様なツノを二つ生やし、血に飢えていそうな鋭い真紅の瞳を持つ、大柄な鍛え抜かれた体格の中年男。
俺の全身から悪い汗が、じわじわと流れ出てくる。物凄い緊張感に、心臓が襲われた。
そんな俺を遠目に、玉座に深く腰掛ける大男が頬杖をつきながら呟く。
「我は、魔王……。まず、小僧たち。此処まで辿り着いたことを褒めてやろ――」
「ねぇっ、そんな自己紹介より、あたじの靴ぅゔ!! 靴がぁああああ!!!!」
魔王の自己紹介に被せて、セリカが天井に挟まっている靴を指差しながら、再び大声で皆に訴えかけた。
……コイツ多分、真っ先に攻撃されるな。
案の定。自己紹介を台無しにされた魔王は、ピクリと頰を数回痙攣させて立ち上がる。
……あぁ、やっぱり怒るよな。そりゃ、決め台詞を台無しにされたら、怒っちゃうよな。
俺がセリカの無事を祈る中、魔王は案外穏やかな口調で声を発しはじめた。すぐに怒り散らしてくると思っていたのに。
「ほぅ……。我を此処までコケにするとは。お前に、名を問おうじゃないか」
「ぐすん……。えっ、私の名前? セリカだけど……。えっ、なに!? もしかして、ナンパかしら?」
「そんな訳なかろう……」
……なんか、意外と器大きいな。王っていうくらいあるな。もしかしたら、話し合いで解決しちゃったり??
俺が色々と考えていると、ペリシアが魔王の周囲をゆっくり見渡しながら言う。
「そ、そういえば……。オーブは何処にあるの?」
「…………くっ」
気のせいだろうか?
ペリシアが発言した瞬間、魔王が少し俯いた気がした。
「そういえば、オーブが見当たらないな」
「…………ぐふっ、ゴホッゴホッ!」
勘違いだろうか?
フェンがオーブについて発言した時、魔王は唾を気管に詰まらせた気がした。
俺が目を細めて魔王の仕草に注目していたら、ペリシアが骨で造られた玉座の後ろ側を指差して驚いた様な声を発する。
「ねぇ、アレ。オーブだよね? なんか全部、割れてない!?」
刹那。魔王は顔を真っ赤にして額から脂汗を垂れ流し、割れ朽ちているオーブを慌てた素振りで玉座の更に後方へと隠しながら叫ぶ。
「きゅ、急に地面が揺れるのがいけないんだ!! 設計者の我が……、このような事態に陥るとは。くそっ。驚いて、持っていたオーブ。全て落として、割れちまった。せっかく少し持ち直した我のメンタル、どうしてるれるんだ!! 少しずつ、立ち直っていたのに……! お前ら、覚悟は良いかっ!?」
言いながら魔王は、腰に下げている漆黒の鞘から黒刀の長剣を勢いよく引き抜いた。
同時にフェンも、鞘から魔剣を引き抜く。そしてアネータさんも、背負っている弓矢を手にして、戦闘態勢に入った。
……くっ、魔王と戦うのか。
俺はズボンのポケットからヒノキ棒を取り出して、ギュッと強く握りしめる。この隣で、ペリシアはグッと力を込めた拳を胸元らへんで構えている。
セリカは……。
「ねぇ、ちょっとぉ!? 私、片方の靴履いてないのっ! ぐすんっ、嫌よ。靴を履いてないのに、戦うなんて不利よ!! 足の裏が汚れるよぉぉお。痛っ、足裏になんか刺さったわっ!? うわぁああああんっ!!!!」
天井に挟まっている片方の靴を指差しながら、わんわん涙を流していた。




