5章 第77話
青い炎の松明に照らされる薄暗い道が、延々と続いている。複数のタイルで構成されている石床の上には、真っ赤な長絨毯が皺なく一直線に敷かれて伸びている。
「なぁ……。やっぱり、引き返さないか? もう結構進んだけど、魔王の部屋的なものが全然見当たらないし」
俺が自信なさげに足を進めながら呟くと、隣を早足で歩くセリカが物凄い形相で言う。
「なにっ、私のことが信じられないって言うの!? ヒドイわ。少し離れてしまっていた間に、きっと絆が薄れてしまったのね……!!」
「まぁ、そんなことを言うな。それよりも、オレもこのまま進んで良いのか不安なんだが……」
フェンが俺のことを助けてくれるような発言をしたと同時に、セリカの足がピタリと停止する。
「…………ねぇ、カナヤ? ちょっと、ここ立ってみて」
「なっ、いきなりどうしたんだよ? 別に良いけど……」
俺は素直に返答しながら、セリカが指差す方へと移動する。否や。足元ら辺から、カチリとボタンを押すような音が小さく響き渡った。
……嫌な予感がする。
俺の悪い予感は、すぐに的中した。
「カナヤの頭の上から、大量の汚い液体が!?」
「なんだとぉ!?」
ペリシアの言葉を耳にした俺は、すぐさま頭上を見上げる。薄緑色に濁った液体が、天井の小さな亀裂から溢れるように、多量に流れ出てきていた。逃げ遅れた俺は、それを全て全身に浴びてしまう。
「うぉぉおおおおーっ、なんじゃこりゃぁああ!! すっげぇ、冷たい。なんか全身が、ヒリヒリする!? なんだこれ、毒か? 猛毒なのかっ!?」
全身に感じるヒリヒリとした痛みに苦しんで床を転げ回っていたら、ペリシアが冷静な表情で俺の身体に鼻を近づけてきた。
「おお、おい? こんな時に、なんだよ」
不審な行動に対して、俺が眉を八の字にして問い掛けると、ペリシアは真顔で呟く。
「ハッカ油……。別に死んだりしないから、一旦落ち着こ」
「お、おん……」
俺は深呼吸を数回して、落ち着きを取り戻した口調で再び唇を開く。
「で、でも……。なんで、こんな多量にハッカ油が天井から……?」
「どういう理由で、こんなにハッカ油が用意されていたのかは分かりませんが……。多分、そこに隠れているスイッチが原因で、天井から降ってきたんでしょうね」
アネータさんが、俺の足元近くを指差しながら言い切った。赤い絨毯の下に、ポッコリとスイッチのようなものが薄っすら浮き上がっている。
「なんだこれ?」
俺がそのスイッチを軽く押してみると、再び天井の亀裂から多量のハッカ油が溢れ流れ出てきた。
「えっ、なんで私!? ねぇ、なんかヒリヒリしてきた!!」
地面にゴロゴロと転がるセリカの叫び声が、長い廊下で反響しながら響き渡る。
そんな苦しむ様子を見て、俺はニヤリと笑みを浮かべる。
「元はと言えば、セリカ。お前が、俺にこのボタンを押すように誘導してきたんだろ? それと、今のは別にお前に浴びさせようとして、スイッチを押したわけじゃない。よって、これは自業自得だ」
「なによっ、そんな言い訳は認めないわ! ちゃんと謝りなさいよ!? 私の目を見て、しっかりと土下座しなさいよ!!」
「土下座しながら、どうやってお前と目を合わせれば良いんだよ!?」
「本気で謝る気があるなら、それくらい自分で考えなさいよ! もしかしてカナヤ、賢いフリした馬鹿なの!? ねぇ、そうなんでしょ! それって、一番タチが悪いのよ!!」
「ぐぬぬぬぬ…………」
俺とセリカが言い争っている真っ最中、それを止めようとアネータさんが、会話に割り込んでくる。
「あの、二人とも落ち着いてください! こんな所で、仲間割れしてどうするんですか!? それによく考えてみてください。この仕掛けを造ったのは、きっと魔王ですよ!」
魔王という単語に対して、俺とセリカの耳がピクリと動いた。同時に、激しい口論は幕を閉じる。
……そうだ。よく考えたら、この城の持ち主である魔王が原因じゃないか。このハッカ油は、俺たちの仲を引き裂く為の罠なのかもな。そう思うと、なんか怒り湧いてきた。
セリカの方に視線を向けると、俺と同じく怒りを覚えているようだ。下唇を噛み締めて、握りこぶしがプルプルと小刻みに震えている。
と、セリカが大きく息を吸いはじめる。きっと自分自身を鼓舞する為に、大声で叫び喝を入れようとしているのだろう。
俺もセリカの真似をして、大きく一息で空気を肺に溜め込む。そして、セリカが大きく言葉を吐き出すと同時に、俺も一緒に声を上げて息を吐く。
「この魔王めぇええええ!! 俺たちを陥れようとしたなぁああああっ!!!!」
「カナヤのクソ野郎ぅうううう!! アネータの妄想なんかに、騙されるもんですかぁああああっ!!!!」
俺は隣で響いたセリカの発言に、思わず耳を疑った。
「今なんて言った?」
「い、いや別に……。なにも大したことは、言ってないけど? カナヤ、私じゃなくて魔王に憎しみを抱いてたのね??」
「そうだけど……。お前、俺に憎しみを抱いてなかったか……?」
「そそ、そんな訳ないでしょ! それよりも、早く先に進むとしましょう」
セリカは慌てて言いながら、廊下を駆け足で再び進みだした。
――そんなこんな足を進めていると、行き止まりな場所に辿り着く。魔王の部屋に通じてそうな立派で大きい扉などは、何処にも見当たらない。
「なぁ、だから言っただろう。さっき、引き返さないかって?」
俺がため息を吐きながら文句を垂れるなり、セリカは顔を真っ赤にして言う。
「なによ!? 自分で行く道を選択しないで、私に付いてきた分際で!」
「ぐぬぬぬぬ……」
……こいつ。俺と離れている間に、口の悪さに磨きがかかっていやがる。
内心でセリカを脅威に感じていると、フェンが周囲の壁にベタベタ触れながら口を開く。
「こんなに長い廊下の最終地点が行き止まりって、なんかおかしいよな? もしかして、隠し通路とか有ったりするんじゃないか??」
「それよ! 私、それをずっと思ってたのっ!」
……絶対、嘘だろ!! ま、ゴールまで一直線で行かせてくれるほど、魔王も親切じゃねぇだろうな。
俺が冷たく視線を送る中、セリカは辺りを見渡しながら声を響かせる。
「それじゃあ。皆んなで、隠し通路みたいなのとか探すとしましょ! ……そんなの本当にあるか分からないけど」
……なんで最後、自信なさげなんだよ。