5章 第76話
「そりゃ。楽々と魔王の所までは、行かせてもらえるわけないよな……」
俺が下唇を噛み締めている中、アフェーラに続けてもう一人が正面の薄暗い闇から姿を現わす。
「ユンバラさん……。どんなに悩んでも、やっぱり譲れなかったわぁ。私は、妹の発育を望んでいるのよぉ……!」
こう発言する声の主は、細い身体に大きな胸を持ち合わせている。それと背中には、ドルチェと同じような黒い翼が付いている。どんな男も一度は触れてみたいと感じるであろう、魅惑の身体。なんか良い匂いもしてくる。
俺が見惚れ立ち尽くしていると、ユンバラが静かに口を開く。
「頭を冷やして考え直してくれ、アマーロ。お前のその考えは、多くの者を犠牲にするんだ。確かに、ドルチェの胸は小さい。けどな……。小さいのも、良いんだよっ!!」
「いや、待て!? カッコいいこと言ってるけど、今それ違くない!?」
目前の会話に俺が困惑していたら、ドルチェが瞳を見開いて唇を動かす。
「ちょっ、待って! ウチのことを小さいとか言わないでよぉ!!」
「お、おう。ゴメンな……」
ユンバラが軽く謝罪していると、アフェーラがニヤリと悪戯めいた笑みを浮かべる。
「なんとなくの勢いで、貴方たちの前に来てしまいましたが……。良く良く考えてみると、人数差的に勝ち目ないですね。ここは、通してあげましょう。此処まで来るのも、大変でしたよね?」
「えっ、急にどうしたんだよ? まぁ、そう言ってくれるなら」
俺は厚意を有難く受け取って、アフェーラの横を歩いて通り過ぎる。このまま進めば、魔王と対面できるのだろう。
そう思っていたら、背後からセリカの甲高い声が響いてくる。
「待って! これは、罠よ!!」
「えっ?」
疑問を抱きながら後方を確認してみると、ドロドロに溶けたアフェーラが視界に入った。
……あ、これヤバイかも!?
俺が走馬灯を感じていると、シュティレドの声が鼓膜に響く。
「カナヤ、身を低くして!!」
「お、おう!!」
訳の分からない中、俺は言われた通りに地面に身を張り付かせるように低くした。瞬間。ものすごい勢いでシュティレドが、アフェーラの身体を長剣のようなもので斬り裂く。
だが……。この攻撃方法では、アフェーラに全く傷害を与えられないようだ。
「私には、斬撃や打撃系の攻撃は効きませんよ?」
「じゃあ、これはどうかな?」
アフェーラが悪戯めいた笑みを浮かべる中、シュティレドが隣に居るベジッサの仮面を勢い良く外した。
「なっ、それは卑怯ですよ!?」
ベジッサの瞳を見るとどうなるか認知しているアフェーラは、反射的にその場で両眼を力強く瞑る。
この瞬間、シュティレドが再び口を開く。
「今のうちに、魔王のところに!! オーブに魔力が溜まり切るのを、なんとか阻止してほしい!! ……頼んだよ」
「分かった!!」
シュティレドの言葉を耳に響かせると同時に、全力で魔王のところへ急ぐことを決意した。そんな俺を追って、セリカとペリシア、そしてフェンとアネータさんが走り出す。
と、これを邪魔するようにアマーロが、俺たちの目前に立ちはだかる。
「もう少し、一緒に遊んでいきましょうよ? お姉さん、良いことしてあげちゃうわよぉ??」
「……良いこと!?」
「なに、反応してるのよっ!?」
誘惑に反応するなりセリカが、俺の頭をズバンッと力強く引っ叩いてきた。
「ちょっ、なにするんだよ!? 魔王と戦う前に、戦闘不能になったらどうするんだ!!」
「そんなわけないでしょ! それよりも、目前のコイツをどうにかしないと……」
セリカは言いながら、腰に下げている黄金の長剣を鞘から引き抜こうとしている。否や、ユンバラの声が空間に強く響く。
「アマーロ、少し俺の話を聞いてくれ!!」
「なにかしらぁ? やっと、私と付き合ってくれるのかしら……」
アマーロの視線が、ユンバラ一点に集中した。なんか、頰がすこし赤くなっている。よく分からないが、コレはチャンスだろう。
俺は目前のアマーロを避けて、魔王の居場所を目指すことにした。そんな時。後方で、物凄い打撃音が轟めく。
急いで背後を振り返ってみるなり、仁王立ちするセリカと、その足元でうつ伏せに倒れているアマーロが確認できた。アマーロの頭部には、一つの大きなタンコブが見える。
「おりゃっ、魔王の手下め!! 参ったか!!」
セリカは言いながら、長剣を鞘にユックリと収めた。刃先などが血で汚れていないことから、鍔の部分とかで、殴ったりしたのだろう。
「お前っ、なにしてるんだよ……?」
走る足を止めて問い掛けると、セリカは満面の笑みを浮かべて返答してくる。
「敵を倒したのよ……!! 褒めちぎりなさい!!」
「な、なんか。……頼もしくなったな」
若干引き気味に褒めていると、アマーロの倒れている姿を眼中に捉えたアフェーラが大声で驚く。
「えぇー!? 私、一人になっちゃったのですか!? この人数を相手するのは、流石にキツイですね……。てか、コレはもう私に対するイジメでは??」
……この場はシュティレドたちに任せて、先に進もう。頑張ってくれよ。
俺はシュティレドたちの幸運を祈って、とりあえず魔王の間へと急ぎで進むことにした。
後方からアフェーラやシュティレド達の声が静かに届いてくる中、アネータさんが目前を指差しながら何かに気付く。
「あのっ、皆さん! 前方、二つの分かれ道になってます!!」
「うわっ、ほんとだ!?」
俺たちは足を止めて、二つの道を見比べる。
右側と左側に大差はない。二つとも、全く同じような薄い暗闇に包まれている。
皆が頭を悩ませている中……、セリカは何か良い考えを閃いたのか、鞘から引き抜いた黄金の剣を地面に突き刺した。
「私の第六感が、働くわ……! 幼い頃、本で読んだの。この世界には、透視とか未来とか予言できる超能力者がいるって……。多分、私もそうなの。だから、この能力を使って、道を切り開くわ。剣の握り手が倒れて向いた方に、魔王が居る」
言いながらセリカは、闇の中で黄金に煌めいている長剣を勢い良く蹴り倒した。丈夫な長剣は傷一つ付くことなく、左側の道を指し示して倒れた。
「よしっ! 魔王が居るのは、左ね!!」
セリカは自信満々に剣を拾い上げると、左側の道へと一人先に向かって歩きだした。
不信感を覚えながらも他に信じる事がないので、文句を言わず俺たちもその道を進むことにする。




