5章 第75話
城内に入って数分。壁に埋め込まれている何本もの松明が、暗い路をじんわり明るく照らしてくれている。松明は、不気味に青い炎を灯している。天井は、どんなに背伸びをしても届かなそうなくらいに高い。
そんな路を進む中、俺の隣を歩くセリカが笑みを浮かべて言う。
「カナヤが六魔柱と一緒にいるのって、そういうことだったのね! でも、勝手に脱獄してきて大丈夫なのかしら?」
「その時は、オレがなんとかするよ。魔王を討伐した実績をみせれば、なんとかなると思う」
セリカの問いかけに俺が答えようと思ったら、フェンが先に口を開いてくれた。
と。
シュティレドが、突然に唇を動かしはじめる。
「僕たちが、魔王を討伐しようとする理由。まだ言ってなかったね」
「あっ、そういえば……。なんか、そんなこと話してくれるって言ってたわね」
セリカは城門での会話を思い出した。同時に、シュティレドは再び言葉を発する。
「アレは、些細なことだった……。三年ぐらい前、僕たちは魔王と喧嘩をしてしまったんだ」
「喧嘩って、なにが原因なんです……?」
アネータさんが、ゴクリと唾を飲み込む。俺も、六魔柱と魔王が対立している理由を地味に知らないので気になるところだ。
「……巨乳派か、貧乳派だよ」
「今なんて言った?」
シュティレドから発せられた言葉に、俺は思わず耳を疑った。
「……巨乳派か、貧乳派。僕たちは、貧乳派なんだ。ドルチェやベジッサ、イリビィートの胸を見てみてくれ」
指示通り俺は、視線を胸に向ける。……平たい。
俺やセリカが、六魔柱たちに冷たい視線を送っていると、シュティレドが下唇を噛み締めて再び喋る。
「かつて魔王は、ミネルという最愛の友を生贄に目覚めた。その時、ミネルは最期に言い遺す。今の俺は、貧乳派になったと……。ミネルは、貧乳な人類種の女と結婚したんだ。魔王はかつて、魔族には巨乳が多いという噂を聴いてミネルと旅に出たのに……。その友が、貧乳派だと!? 魔族として復活して、数百年。色々と怒りが溜まっていたのだろう。三年前に魔王のそれが爆発して、僕たちは喧嘩になったんだ」
「いや、くだらない……。てか、オーブはなんで集めてたんだよ?」
俺は更に冷ややかな視線を送りながら質問する。シュティレドは、ギュッと拳を握り締めて答える。
「あのオーブは、四つ揃えて多量の魔力を込めると、どんな願いも一つ叶えてくれるんだ。魔王はそれを使って、世界中の女性を巨乳にして自分の物にしようとしている。かつて僕たちは、それを知ってオーブを魔王から遠ざけるべく世界各地に散らばらせた。でも今、再び一つに集まってしまっている。魔王が魔力を注ぎ込み終えるのを阻止するのが、僕たちの役目なんだ。もし出来なかったら、魔王の手から人権を守るべく、世界を征服する……」
シュティレドが静かに口を閉じるなり、セリカが何かを思い出したようにハッと発言する。
「そういえば……。村を出るとき、お爺ちゃんの宝箱に入ってあったメモ帳に、それらしいことが書かれてたかも……?」
「おい、嘘だろ?」
俺が問いかけると、セリカはブンブンと首を横に激しく振って言う。
「本当よ! この世界は、膨らみに侵されている。我が孫も、その呪いが……。誰か、早く噂の魔王を倒してくれ。できれば、村の若者たちの中から英雄が誕生することを望む。……とかって」
この言葉を耳にしたイリビィートが、途端に目を見開いて呟く。
「もしかすると、貴女の出身の村って……。ペッタコ村、かしら……!?」
「そうよ。それがどうかしたの?」
「いや。どうしたって、奇跡じゃない! その村人がこの場にいるなんて……! かつて魔王は、自分自身の魔力だけで、世界中の女性を巨乳にしようとも企んだの。各地の町や村で、数百人の女性に巨乳化現象が起きたわ。でも、全く影響を受けなかった村が一つだけあるの。それが、貴女の出身村よ……。世界中に称えられて、村の名前が改名されたとか、されてないとかいう噂もあるわ……」
……地元の名前に対して、物心着いた時から感じていたことが、今やっとスッキリした気がする。
長年の疑問が解決されたことで、俺の気持ちが多少に晴れ晴れしていると、ユンバラが俯き気味に口を開く。
「まぁ……。そんな魔王の所為で、滅んだ街々が多数あるんだけどな。身体内の脂肪が狂ったように増加して、人々が異形な姿になったりして……」
この言葉が鼓膜に響いた瞬間、俺はかつて訪れたゴーストタウンの事を思い出した。
……あの街を徘徊していたゾンビが生まれたのは、そういう事だったりするのか?
魔王の身勝手な行動に怒りを感じていたら、突然に悪意に満ちた声が、長い路を風のように駆け抜けて響いてくる。
「そう簡単に……、魔王様がいる玉座の間まで、通しませんよ?」
アフェーラの声。急いで周囲を見渡すと、コウモリのような羽根で身体を包んでいるアフェーラが、天井に逆さでぶら下がっているのが視界に入った。




