5章 第74話
――六魔柱の隠れ家的な場所から出発して、数時間。俺たちは、魔王城が建つ孤島へと到着した。この孤島に近づくに連れて、空模様はどんよりと鉛色に変わっていった。そんな曇り雲の下、俺たちは城門の目前に着陸する。
今回の土地は、別に仮面などで顔を隠さなくても良い場所なのだろう。周囲の皆は、ベジッサを除いて誰も仮面をつけていない。
「――これが、魔王城……」
黒光りする鉱石が固まり出来たような島の上に唯一、独特な色をした刺々しい巨大な城が建っている。紫、黒、赤、金、銀、などを混ぜ合わせなような色。外壁の所々には、人骨のようなものが埋め込まれている。
黒い翼を折りたたむシュティレドから両手を離しながら俺は、目前の城をジッと見つめてみる。
巨大で分厚い黒鉄の開き戸。加えてヤギの頭で造られた二つの剥製ドアノッカーが、不穏で奇妙な雰囲気を更に醸し出している。
「ゔぅ……、趣味悪い扉だなぁ」
俺が扉に近づき吟味していると、突然にヤギの黄金の瞳がギョロリと光って動いた。
「ひぇ! いい……、生きてるのかっ!?」
「生きてないよぉ。城内から誰かが、話しかけてこようとしてるんだよ」
腰を抜かす俺にドルチェが説明をする中、ヤギの口がゆっくりと動きはじめる。
「あらぁ……。貴方たち、ここまで来たのですね。オーブを取り返しにきたのですかぁ?」
「こ、この声……!」
俺は、ヤギの口から発せられる肉声に聴き覚えがあった。アージニエンで黄色のオーブを盗んだ、アフェーラとかいうやつの声だ。
過去のことを思い出して怒りに近いものを感じていると、俺の隣に立っているシュティレドが不適な笑みを浮かべて言う。
「……違うよ。魔王を討伐しにきたんだ」
この発言が周囲にじんわりと響き渡るなり、ヤギの口が高笑いをはじめる。
「アハハハハッ!! アハッ、魔王様を倒すつもりなんですね……? 了解しました。まぁ、城内にでも入ってくださいな」
刹那。目前の巨大な扉が、地鳴りのような音を立ててゆっくりと開いていく。
そんな時。
俺の背後から、聴き覚えのある声が響き渡ってきた。
「あれっ!? なにあれ、なにあれ!? もしかして、六魔柱!? それってヤバくない? めっちゃ居るじゃん! やっぱり帰りましょう!!」
急いで後方を振り返ると、大きな船から下船しているセリカ達の姿が確認できた。
慌ただしく騒ぐセリカに、フェンが冷静な表情で呟く。
「借金返すって、王国から直接経由で魔王討伐クエストを受注したのはお前だろ……? も少し、ビシッと行こうや」
「ゔぅ……、そうだけど」
セリカが不安そうに顔にしわを寄せる。それをみたペリシアが、嬉々とした笑顔で言う。
「セリカ、自分の二つ名を忘れたの?」
「そんなわけないじゃない!? 私の二つ名は、ドラゴンスレイヤー・セリカよ!!」
……えっ、なにそれ!? セリカ、ドラゴン倒したの?
俺が、遠くから聴こえてくるセリカ達の会話に驚いていると、アネータさんが此方へと指をさしてくる。
「まずは、あの六魔柱たちを倒さなきゃいけませんね……。いや、倒すというより封印ですけど」
この発言と同時に俺の周囲で、ざわざわと会話がはじまる。
「ねぇ、ボス! どうするのぉ? 倒す??」
「早まったらいけないよ、ドルチェ。あの人たちは、魔王討伐に利用できるかもしれない。ここは、話し合ってみることにしよう」
シュティレドは言い終えると、一人でスタスタとセリカたちの方へと向かって行く。
これに対して、セリカは強張った表情になる。
「なな、なによ!? 急に近付いてきて……! 私たちをどうする気っ!?」
「君たちと、手を組みたいんだ……」
シュティレドは小さく笑みを浮かべ、冷静な口調で答えた。すると、セリカは更に顔を強張らせる。
「て、手を組むって……。私たちを魔王軍にするってこと? 謎の身体実験で、私たちを魔物とかにしようとしているのね!」
「えっ? ちょっ、ちょっと口を閉じようか。僕の理解が追いつかない」
「口を閉じれって……。私を無抵抗にして、いやらしいことを……??」
「いや、違うから! なんで、そうなるの? 頭おかしいの??」
いつも冷静なシュティレドが、目を見開いて微妙に焦っている。自分自身が変態扱いされることが、それくらい嫌なのだろう。なにより、話が通じないのは辛いであろう。
そんなこんな空気がゴタゴタと濁りはじめていると、唐突にヤギの唇が大きく動く。
「ちょっ、なにしてるんです!? 入るなら早く入ってください! ドア開いてるから、冷たい空気が城内に流れてきてるんです!! 魔王討伐、諦めたんですか?」
「えぇぇええええっ!? ヤギが喋ってる!! 魔王城、恐ろしいわ……!」
口を動かすドアノックを見てセリカが、両目を見開いて驚きの声を上げた。
これに続けて、フェンが口を開く。
「魔王討伐とか聴こえたけど。どういうことだ……?」
「僕たち、魔王討伐をしようとしているんだ。君たちもだろ? だから、手を組まないかって、さっきから言っているんだけど?」
シュティレドが、隙を突くように唇を動かして言った。対して、アネータさんが目を細める。
「いやっ、でも信じられませんね……。私たちを城内に引き込もうとする、作戦かもしれませんし……」
この会話を聴いていて、ムズムズとした感覚が全身に走った俺は思わず大きく声を上げる。
「お願いだ! 協力してくれ!!」
「えっ、カナヤ!? どうしてここにいるの……!!」
俺の姿に気付くなり、セリカは身を乗り出して驚きをみせた。同時に、ペリシアが呟く。
「ちょっと待って……。アレは偽物かもしれない。六魔柱の中には、変身を得意とする奴も居るって噂が……」
「俺は本物だ! 信じてくれよ……!?」
俺が再び声を張り上げると、フェンが冷静に分析をする。
「そういえば……。さっきヤギから発せられた声。アレは、アフェーラの声だったな。じゃあ、目前のカナヤは本物か??」
「ねぇ、そんな簡単に信じて良いの??」
眉を八の字にしながら、セリカが問い掛けた。
……黙れ。余計なこと言うな。
俺がセリカに怒りを覚える中、フェンは答える。
「あぁ……。前にも言ったが、オレはかつてアフェーラと一戦交えたことがある。ヤギから発せられていた声は、アフェーラのもので間違いないと思う。あの声に、聞き覚えがあるからな」
「じゃあ、あのカナヤは本物ってこと??」
「多分……」
フェンが自信なさげに唇を閉じるなり、セリカの表情はパァっと明るくなっていく。
「……本物カナヤ? いや、でも今は監獄島にいるんじゃ??」
……セリカ、余計なこと考えるな。
俺が内心ツッコミを入れていると、シュティレドがセリカたちに向けて言う。
「もし納得してくれているなら、一緒に来てくれないか? 僕たちが、なぜ魔王討伐をしようとしているとか詳しいことは、城内で説明するから」