5章 第73話
「あの蛇神を一撃で倒すなんて……。もしかして、その槍」
ベジッサが口をポカーンと開けて船長が持つ槍を眺めていると、ドルチェがあたふたした様子で言う。
「ねぇ、ユンバラは!? どこ行っちゃったのぉ!?」
「あぁー。そいつなら、船で寝てるぜ。溺れているところを助けてやったんだ。それと、そいつから預かりものがある。なんか、大切な物だから渡してくれって頼まれてな」
そう言って船長は、ドルチェに石化の効果をかき消す石ころを手渡した。ドルチェは、受け取るなり街人たちに顔を向ける。
「ねぇねぇ! 石化している街人を全員、港まで集めようよぉ!! 海の反射する光も利用しようと思うの!!」
この発言にミネルは首を傾げる。
「んぁ? どういうことだ??」
「光をいっぱい反射させるほど、石の効果が強くなると思うの!!」
ドルチェは、ドヤ顔しながら言い切った。これに、ベジッサが頷く。
「たしかに、多くの光を浴びさせる程、効果は高くなる」
「でしょ! でもその前に、街の炎を消さないとねぇ」
街から炎が消された後にドルチェの意見通り、港に沢山の石化した街人が集められた。ミネルたちは、船の上にてその光景を見渡す。
「うわぁ……。ギュウギュウしてて暑苦しそうだなぁ」
ミネルが若干引き気味に言っていると、ドルチェは石ころを持つ右腕を天高く上げる。刹那、太陽の光を反射して、キラキラとした輝きが街人たちに降り注ぐ。みるみるうちに、街人たちの石化が解けていく。
「あれっ、俺なにしてたんだ?」
「私、あの化け物に石化されてたんだ」
「クソっ、あの化け物め」
石化状態から復活した街人たちから、ベジッサに対する多くの悪口が発せられる。常に俯いているベジッサの視線は、更に下を俯く。そんな時だった。
「あの、皆さん! 私たちは、救ってもらったんです!! もし石化していなかったら、私たちは蛇神に食べられていたんです!!」
蛇神との戦いを見ていた街人が、声を荒げて皆に伝えた。しかし、そんなこと大半の人は信じない。
「おい、この街に蛇神が存在したって証拠はあるのかよ!? そもそも蛇神なんて、伝説だろ?」
「証拠ならあります! 街の中心部に行ってみてください。嫌でも、信じることになりますから」
全ての街人が復活して言い合っている中、ドルチェが急に「熱っ」と、身体を飛び上がらせる。その衝撃で、手から離れた石ころが宙を舞い、海の中へとポチャリ音を立てて消え去った。
この光景を目前に、ミネルは思わず声を荒げる。
「ちょっ、おい! 洞窟の中にいる騎士団、まだ石化解いてないんだぞ!?」
「あっ……、ごめん。光集めすぎて、石が熱くなってぇ」
ドルチェが言い訳するようミネルに謝るなか、ベジッサが冷静な口調で言う。
「別に大丈夫。私の住処にもう一つあるから。でも、私はもう彼処へは帰らない。あとは騎士団たち、自分でなんとかしてもらう」
――街人の石化が解かれてしばらく経った頃、ミネル達はこの街を出発することを決めた。夕日のおかげで、海が美しく輝いている。
夕日を浴びながら乗船したミネルは、港にて船上の自分たちを見上げているテップルに訊ねる。
「お前、本当に一緒に来なくて良いのか?」
「はい、僕は……。王宮騎士団の一人として、やり残していることが沢山あるので……。例えば、蛇神の死骸処理とか。腐敗したせいで、疫病など流行ったら困りますからね。とりあえず、アフェーラをよろしくお願いします」
「そうか……。それじゃあ、船長。船を出してくれ」
「あいよ!」
ミネルに言われて、船長は船かじを両手で強く握りしめる。
そんな時。
「ちょっ、待ってくれー!!」
蛇神の死骸を見に行っていた街人たちが、港に急いで戻ってきた。
「おい、俺たちを石に変えたって奴。それと、この船の船長。俺たちを救ってくれてありがとなー!!」
こんな感じで次々と街人たちが、港にやってくる。この光景に、ベジッサの強張っている頰が少し緩んだ。
と、街人の一人が思いっきり船上に物を投げる。それは仮面。宙で弧を描いて、ベジッサの足元に着地した。
「おい、お前のこと聞いたぞ! それを被れば、なにかと便利だと思う!!」
ベジッサは、素直に仮面を顔に付けることにした。そんなベジッサを前に、ミネルが問いかける。
「そういえば、俺たちと一緒に来る理由ってなんだったんだ? イリビィートが、ノートの一番後ろに書かれてるとか言ってたやつ」
「……私の願い」
「えっ? どゆこと??」
ベジッサは一言で答えるなり、天に向かって右手を高く上げて思う。
……大切なものを見つける。
――数十年後。ミネルは、かつてシュティレドと共につくった、友が眠る墓の前に一人で立っていた。
「おぉ……、お前の夢でもある。魔族や魔物と仲良くなるって願い、叶えれたとおもうぞ」
ミネルは、今にも枯れ果てそうな声色で言った。
と、
「ねぇ、ミネル……? 僕たち、ここで始めて出逢ったんだよね。人類種の君は、随分と年老いてしまったね……」
シュティレドが、スタスタと歩きながら言った。ミネルは「懐かしいな……」と言いながら、ニッコリと静かに笑みを浮かべる。
そんな時だった。
「久しいな。まだ生きていたとはな……! 裏切り者が!!」
布切れで顔を覆い背中から大きく黒い翼が生える者が三人、近づいてきた。コレを見てシュティレドは、ニコリと笑みを浮かべる。
「……本当に、来てくれたんだね」
「あぁ……。楽園の果実を見せてくれると、お前のところのドルチェとかいうチビに聞いてな……」
かつてミネルを自分たちの生贄にしようとした、吸血族の年老いた主。今ではもう、シュティレド達に逆らう気は無いようだ。
「もう、僕たちに殺意はないのかい?」
「殺意ぐらいある……。でも、今のお前達には、敵わないだろうからな。なんといっても風の噂じゃ、四大王国からオーブを盗んだと言うじゃないか。まぁ、楽園の果実を入手しているということは、真実なんだな」
「まぁね。それじゃあ、儀式をはじめようか。……ミネル」
「あぁ……。そうだな」
ミネルはポケットから虹色に輝く梨のような果実を取り出し、力強く握りしめる。果実から溢れ出る汁が、友の墓に深く染み渡っていく。
刹那、墓が神々しく光り輝きだす。直後、大きく地が揺れだし、友の墓がゴボゴボと盛り上がっていく。
「成功か……」
ミネルは呟くなり、再び口を開きシュティレドに頼む。
「その三人の血も、この墓に……」
「分かってるよ。その為に、呼んだんだからね」
シュティレドは指示に従い、かつて自分を苦しめた三人の吸血族の目前に立つ。これに対し、年老いた主が声を荒げる。
「おいっ、どういうことだ……!? 騙したのか……!」
「そうだよ……」
こうして、魔王は生まれた。楽園の果実、親友、吸血族たちのチカラを素材にして……。魔王は、人類種を恨んだ。目覚めた時、友がこうなったのは……。ミネルがこうなってしまったのは、人類種の所為だと。
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――。
「――って、話だよ。カナヤ」
「いや、最後のどういう意味だよ!? なんか色々と話すっ飛びすぎてて、理解できてないから」
俺は身を乗り出して、冷静に口を閉じるシュティレドに問い掛けた。
そんな俺に落ち着きを取り戻させようとしているのか、ドルチェが嬉々とした笑みを浮かべて言う。
「まぁ、色々あったんだぁ! とりあえず、今の魔王は敵だよ!!」
次話、久しぶりにセリカを登場させようと思います。過去話の伏線的なものは、今後に回収します。




