5章 第68話
駆けるベジッサは緑色の長髪を灯りに透かせながら、驚きアタフタしているミネルと勢い良く衝突した。
その衝撃により二人は仲良く地に尻餅をつき、ノートは手を離れて空中高くへと舞い飛ぶ。
ノートは慌ただしい空気を押し退けるように弧を描き、ユンバラの足元にパサリと落下した。
すぐさまユンバラは、ノートに何が記されているのか気になり、それを床から拾い上げる。
「……んっ、なんだなんだ?」
そう呟きながら、ノートの中身をパラパラと確認する。
ノートの内容に目を通す程に血の気が引いていっているのが、周囲から見てもよく分かった。
そんなユンバラを恥ずかしそうに見つめながら、ベジッサは細々とした声で呟く。
「…………みみ、見ないでぇ」
しかし声は届かず、空気に薄まって虚しく消えていくだけだった。
声が届いていない証拠として……、ユンバラは顔を青ざめさせながら尚も、手記を吟味している。
ユンバラは読み終えるなり一息つくと、眉間に一本の縦皺をつくり叫ぶ。
「いや俺も、裸を見てみたぁああああいっ!!!!」
叫んだ勢いと共に、ノートが真っ二つに引き裂かれた。
次は自分の衣類が引き裂かれるんじゃないかと、ベジッサはその場で反射的に身構える。
……こ、コイツ。ヤバいこと、言い切りやがった。
手記の内容を知っている者たちは、唖然としながらその場で固まる。
この状況の最中、テップルが首を傾げて申し訳なさそうに口を開く。
「あ、あの……。ユンバラさん?? ノートには、どんなことが書かれていたんですか??」
「うるさいぞ! お前は、知らなくていいことだっ!! それよりも、石を綺麗に磨いとけっ!! 星ぐらい輝くまでだっ!! なんだ、また拳骨を食らわせるかっ!?」
ユンバラが怒鳴ると、テップルは急いでドルチェからネバネバしている石を受け取り、持っていたハンカチで擦りはじめた。
…………いつの間にか知らないところで、凄い上下関係が芽生えてるな。
そんなことを感じながらミネル達は、ユンバラに視線をパッと向ける。
「…………あぁ、ヤバい。クソォォううううっ!! 最近ずっと、現れてなかったのに……。なんで今になって、現れるんだよぉ……」
ユンバラは苦しそうに右手を強く握りしめながら、なんかブツブツと呟いている。
その様子をミネル達は黙って、更に観察するように見続ける。
「…………くそぉ。あの文を読んだからか!? あのノートの所為で、俺のぉ……! 俺のぉぉおおおお……!!」
ユンバラの言葉に皆は唾をゴクリと飲んで、耳をジッと傾ける。
そして遂にユンバラの口から、その言葉が強く解き放たれる。
「俺の発情期がぁぁああああーっ!!!!」
この叫びを聞くなりシュティレドが、なにか閃いたかのようにポンっと手を叩く。
「あっ、発情期かぁ!! そういえば……、獣魔族や獣人族には、発情期があるんだよねぇ。それが今、きてるんだね!!」
そんな発言を聴きながら、ユンバラの頭部から生えている獣耳に注目してみる。
なんか水蒸気みたいのが、モワモワと薄く立ち昇っているのが分かった。
……男女関係なしに、今にも襲ってきそう。
そう感じたミネルは、ノートの持ち主であろうベジッサに大きな声で伝える。
「なぁ、お前!! ノートの持ち主だろう!? だったら能力で、あいつを今すぐ石に変えてくれっ!!」
瞬間、ベジッサの白い身体中の皮膚が真っ赤に火照る。そして、落ち込んだように俯いた体勢で呟く。
「……やや、やっぱり。み、見たんだなぁ」
ベジッサは両手で顔を隠すように抑えると、地に張り付いて「もう嫁にいけんっ!!」などと叫びはじめた。
……嫁にいく願望とかあったんだ。まぁ、そんなことより。もう、さっさと早く帰りたくなってきた。
皆は変態二人を交互に見比べながら、心奥深くに感じた。これではもう、怪物討伐どころではない。
「くっ、このチカラ……。た、耐えれんっ!!」
ユンバラは突然に言いだすと、溢れ出てくるチカラを空気にぶつけはじめた。
と。
足元のバランスを崩し、テップルの方へと倒れ込む。
この衝動の所為で……。ユンバラの爪先が鎧に引っかかり、テップル上半身の裸体が周囲に露わとなってしまった。
「……う、うわぁぁああああっ!?!? 国王様から頂いた、大切な鎧がぁああああっ!!!!」
引き裂かれたような鉄鎧が床に落ちているのを見て、テップルが涙を浮かべて叫んだ。
どうやら周りに裸を見られることよりも、鎧が壊れてしまったショックの方が大きいらしい。
そんなテップルの露わとなった上半身を瞳に映すなり、ガハラドは目を丸くして唇を開く。
「そそ、その身体……」
「美しいってか……? お前も変態だったのかぁ」
ミネルが冗談交じりに言うと、ガハラドは直ぐさま顔を真っ赤にして、「違いますよぉおおっ!!」と発言を強く否定した。
……逆に怪しい。
そして、テップルの露わになる身体を指差しながら言う。
「あの身体から察するに……。私達とは違って、人類種ではないんですよ」
「えっ? テップルが魔族ってことか?? ……別にそんなこと、気にしなくても?」
今時……。世の中、魔族が人類種と共に生活をするのはおかしくない。そこら辺の街でだって、人類種と魔族が共存したりしている。珍しいことだが、結婚している者たちだっているくらいだ。まぁ、全て……、人類種に認められた一部の温厚な魔族に限るがな。
ミネルがそんなことを思いながら首を傾げていると、冷静な表情のガハラドから質問の返答がされる。
「……王宮は。騎士団に、人類種以外の入団を認めていない筈なんです」