1章 第16話
――空に星々が散らばり、町が夜の静けさに包まれた頃。
俺たち四人は宿屋の一室にて、一つの少し大きなテーブル周りに各自で椅子を並べ、明日の為に作戦会議を開こうとしていた。
宿屋といっても高級宿屋。内装はまるで王族・貴族などの富裕層対象に向けられたような作りで、備え付けの家具はどれも豪華そうなモノがあちらこちらに置かれている。
一人一泊に掛かる費用は三万ゼニーなのだが、今回はフェンが四人分の代金を全て代わりに支払いしてくれた。
「なぁ……。本当に、お金を返したりしなくても良いのか? フェン??」
俺は眉をひそめながらフカフカの椅子に腰を下ろし、正面に見えるフェンへ言う。
そんな俺の不安げな顔とは真逆にフェンは笑みを浮かべ軽調に、
「あぁ? 良いよ、別に気しなくてもお金は腐る程あるから。 それじゃあ本題に入ろうか」
なんだ俺のことをバカにしてるのか?
途端にフェンは椅子から立ち上がると脚を数歩動かし、壁に貼られたレクシム周辺の地形が細かに描かれている地図を丁寧に剥がす。
その後……戻って来ると、俺たち中心に位置するテーブルの上に地図を広げて、
「オレは過去に獣人国へ脚を踏み入れたことがあるんだ」
フェンは一定の部分を指し示す為、指先で円を描くように地図をなぞった。
「え?」
その場の全員は困惑しつつ、地図をなぞる指先へと視線を移す。
其処には、森の地形が詳細に記されている。
「…………」
沈黙の中セリカは首の角度をやや傾け、フェンをジッと見つめながら唇を開く。
「え? その地図に描かれている森が獣人と関係でもあるの??」
「関係ある」
フェンは即座に疑問へ答えると続けて声を発する。
「この森には【獣人国『グシタ』】があるんだ」
フェンが口を結ぶのとすれ違いに、俺はテーブルに身を乗り出し、少々声を荒げながら言う。
「おい、本当かよっ!?」
「本当だ……」
――獣人国『グシタ』は長きに渡り他国との交わりがない地下国……という情報以外なにも世間に出回っていない色々と謎に満ちている国だ。
ごく稀にペルシアの様な地上に姿を現す獣人がいるが、平和の為に自国のことに関しては一切口外しないらしい。
ちなみに地下国家だと言うことは、とある冒険者が獣人国を訪れた際の土産話として各町々のギルドで話を振りまいていたのだとか……地下国家という秘密を世間にバラされた獣人たちは、話を広めた冒険者にきっと怒りを感じているに違いない。
「なんだか冒険って感じでワクワクしてきたわ!」
興味津々な瞳でこんなこと言い放っているやつを獣人国へ連れて行ったら、秘密を全てバラしかねないな……。
セリカの感想を聞きながらアネータさんのほうを窺ってみると、思いにふけった顔でぼんやりと地図を見つめていた。
んー、とアネータさんは唇をウネくらせ、
「あの、この森って位置的に……足を踏み入れると一生抜け出すことが出来ないで有名な『迷いの森』ですよね?」
俺とセリカはすぐさま地図へ目を向けるが、町などとは違い森には地名が記されていなかった。
つまり『迷いの森』とは、冒険者などが勝手に森へ付けたアダ名的なものなのだろう。
それと今気付いたが、『迷いの森』という場所……現在俺たちがいるレクシムに近い。
本当にこの森が『迷いの森』だとしたら俺たちは、レクシムへ無事帰還することが出来るのか??
「そうだよ」
フェンがあっさりと答え、アネータさんは『やはり』といった難しい表情で頷く。
おいおい、ウソだろ?
不安心を抱いていた事が伝わったのだろう、フェンが俺をバカにする様にニヤけて、
「なんだお前? 男の癖にビビってるのか?」
このような挑発は無視だ、無視。
俺は黙って聞く。
フェンは同じ声で続ける。
「まぁ……オレは何度か行ったことあるから、この森の地形が脳内に完全記憶されていて全く怖くないぞ?」
チラチラと目線の方向が俺じゃなくてアネータさんに向いている瞬間がある。
こいつ……もしかして自分がすごいってことをアネータさんへアピールしているのか?
「あの、明日の作戦を考えましょうよ」
アネータさんが怪訝そうに、フェン一方通行の会話の間に割り入りそう言った。
うん、コレは逆効果だったな。
俺が心中思っていると、
「実は、獣人国へ無事にたどり着ける方法はもう考え済みだよ」
フェンが自慢気に口を動かしニヤけだす。




