5章 第64話
「…………まだ、見つからない?」
「そそ、そんな煽らないでくれよ!!」
……くそぉ! マジで、どこに行ったんだよ!!
闇から聞こえてくる掠れた声に対してユンバラが、内心で文句を呟きながら額から冷や汗を垂らす中……。ミネル達は、ガハラドの元へと到着した。
「な、なんだよっ、その姿……!?」
一番乗りに到着したミネルは、ガハラドの容姿を視界に収めるなり驚いて声を漏らした。
「ゔぅ……っ、ミネルですか。油断しただけですので、安心してください」
どっからどう見ても、安心が出来る状況ではなかった。
ガハラドの身体は、謎の粘液質な物質によって硬く拘束されており、壁に固定されるかのように張り付いている。まるで、蛹だ。
両腕が塞がっている状態で、大丈夫だと言い切れる精神は、どうかしているのだろう。まぁ……コレが、聖騎士の精神というものなのだろうか??
そんな事を思いつつ、ミネルはガハラドに駆け寄る。
「しょうがないなぁ……。俺が、お前のこと助けてやるよ」
そう言いながらミネルは、ガハラドの身体を固定している粘液質な物質に右手を伸ばす。
触れた瞬間に、後悔した。
「……ん? んぁ!? ぬわぁ!? なんだよコレっ!! すんげぇ、ベトベトするッ!! アレっ!? 手から、全然取れない!!」
ミネルの手に付いた謎の物質はとてもネバネバとしており、壁に強く拭っても全然に手から離れない。
「くそぉ!! なんだよコレ!!」
ミネルは粘液質な物質が絡まっている手を、更に強く壁に擦り付ける。
結果として、ネバネバとしている物質に埃や小さな虫が絡み付き、手の汚さが余計に悪化した。
「もうっ、最悪だぁ!! 手がめちゃくちゃ汚くなったぁっ!!」
……何しに来たんだよ。
ガハラドは壁に張り付きながら、真顔でミネルを見つめて思った。
と、そんな状況の最中。イリビィートが、ガハラドに向かって問い掛ける。
「ねぇ……。さっきの標的とやらは、どこに消えたのかしら??」
この言葉のおかげで、テップル達のことを思い出したミネルは周囲を急いで確認する。
……いくら衝撃的な光景が最初に飛び込んできたとはいえ、テップル達の事を忘れてしまっていた自分の記憶能力が怖い。
ミネルは近いうちに大きな街の病院で認知症検査をしてもらおうと、余計なことを考えながら周囲を見渡してみる。
イリビィートの言う通りに、テップル達の姿は綺麗さっぱりと何処にも見当たらない。
試しに暗闇が深いところへと松明を近づけてみるが、言うまでもなく存在はなかった。
本当に綺麗さっぱり、どこにも見当たらない。足跡すら見当たらない。
確認を終えたミネルは、ガハラドの方へと顔を向けて小馬鹿に言う。
「お前……。本当は、敵なんか居なかったんじゃないのか? 部下に良い格好をみせる為に、一人二役でもしてたのか?? フッ……!!」
「あまり図に乗るなよ。お漏らし野郎が」
「ゔっ、うぐぅ……!?」
ガハラドの言い返しに、その場が静まり返る。
……普段敬語使ってる人が、タメ口になるのなんか怖いっ!!
空間が静まり返っている中、ミネルは心中そんな恐怖を感じていた。
こんな風にミネル達が団欒と会話をしている裏で、テップル達は洞窟の奥へ奥へと進んでいる。
「……テップル、大丈夫??」
「あぁ、大丈夫だよ。そんなことより、また助けてくれてありがとね。それに――」
テップルはアフェーラに感謝の意を伝えると、背後を振り返りながら再び声を発する。
「見つからないように、足跡まで消してくれて……。本当に、君はすごいね」
「いやいや、そんなことない!」
頰を赤らめながら謙虚に照れているアフェーラは、自分特有の体質を使用して地面に付いた足跡を消していた。
アフェーラは、【粘液族】という魔族である。身体から自由自在に放出できる粘液を地面に擦り付け、足跡を消しているのだ。
そんな感じで足跡を消しながら、二人が足を進めている時と。
コロコロと地面を転がって、目前に輝く小さな小石が現れた。
「え……? なんだコレ??」
テップルが転がってきた石を吟味していると、暗闇からトボトボと哀しげに少女が歩いてきて姿を現した。
女の子にしては短めな灰色の髪。小柄な身体に生えている、小さな黒い尻尾と黒い翼。
「…………あっ、コイツ」
テップルは、その幼女の姿に見覚えがあった。
暗い闇の中を俯いて歩いてる所為か、幼女はテップル達の存在に気付いていない。幼女の視界に在るものは、闇の中でキラキラと輝く小石のみ。
幼女は輝く小石に近付くと、それを軽く蹴っ飛ばす。
石はコロコロと地面を転がり、アフェーラの身体から生み出された粘液質な物質の上で動きを止めた。
そんなことを知らないアフェーラは、足跡を消そうと必死に粘液質な物質を地面に擦り付ける。
その所為で石コロは、粘液質な物質の中へと姿を消していく。
幼女はそれに気付くなり飛び上がって、テップルとアフェーラに大声で慌てながら駆け寄る。
「うわぁぁああああー!?!? ウチの、石コロがぁぁああああっ!!!!」
髪の毛を逆立て目をグワッと見開いて叫んでいる様子から、相当大切なものだったのだろうと判断できる。
幼女はテップルの元へと到着するなり、顔を真っ赤にして怒ったように言う。
「それっ、ウチの大切な物なのぉ!! 今すぐドルチェに返さないと、痛い目に合わすぞぉ!!」
ドルチェは更に顔を真っ赤にしながら、再びアフェーラにも向かって同じような言葉を発する。
そんな悲劇が起こっているとは知らず、ユンバラは地面に膝を付けながら懸命に石コロを探している。
「……あと、一分を数えるうちに探して。できなかったら、お前を石にする」
「いい、一分!? せめて、一日にしてくれよっ!!」
闇の中から発せられる言葉に反論しながらも、ユンバラは頑張って石の行方を探し続ける。