5章 第57話
「――いやぁ。ミネル、どこに行ったんだろうねぇ?」
アマーロの股に挟まれながら騎乗しているドルチェが、辺りを見渡してポツリと呟いた。
この発言に、広げていた翼を閉じながらシュティレドが反応する。
「まぁ……。そのうち、此処に来るよ。とりあえず、ガハラドとかいう聖騎士さんが言ってたように、テントでも張ろうか」
「そうね……」
意見に賛成してイリビィートが、静かに馬から降りて首を縦に振る。
崖下に落ちて消えてしまったミネル達を捜しているうちに、東の洞窟前に到着してしまった。
ジッと待っていても時間の無駄なので、シュティレド含め兵士達は、街を出発する時に放たれたガハラドの提案通り、洞窟の入口前にテントを張ることを決めた。
そんな時。
兵士達が馬に背負わせていたテント用具を持ち運びしている中、ユンバラが地面をみて気付く。
「ん? なんだ、この足跡……??」
ユンバラの視線先には……、洞窟内に向かって進んでいる、最近できたのであろう足跡が存在していた。
足跡の数から予想するに、一人ではなく二人が隣あって歩いて地に刻まれたものだろう。
「最近の足跡……。もしかしたら、テップル達のものかもしれないね」
シュティレドが、ユンバラに近付きながら呟いた。
刹那。
「ねぇー!! 二人揃って、おでこに皺を寄せて、なに考えてるのぉー??」
嬉々とした笑みを浮かべてドルチェが、ユンバラ達の元へと走り向かってきた。
「こらっ、そんな勢い良く走ると転ぶわよぉー!!」
心配そうに追いかけて、アマーロも走り向かって来ている。
否や。
「ぶへぇ!? んゔっ、ゔぅ……! 痛いよぉぉおおおおーっ!! 膝小僧、擦りむいたよぉー!!」
ドルチェが勢い良く地面に転がった。
「ほらっ、私が言ったようになったでしょう? 普段から翼で飛んで移動してる貴女が、脚を使って走るなんて慣れないことするからよぉ……」
アマーロは言いながら、地面で蹲るドルチェへと心配そうに手を伸ばす。
「ゔぅ……。お姉ちゃん。ありがどゔぅぅうう……。ぐすん……」
そんな一連の行動を目前で見ていたユンバラが、驚いた時のような表情で唐突に叫び声を上げる。
「ちょっ、足跡が!? お前が転んだ所為で、足跡が消えちまったよ!?」
「ふぇ? あしあと……??」
ドルチェは差し伸ばされた手を掴みながら、ポカーンとした表情で首を傾げた。
対してユンバラは、ギラリと目を見開いて唇を動かす。
「いやっ、テップル達の足跡かもしれないものが!? 転んだ時の風圧で、洞窟の中に続いていた足跡までも、地味に消えているじゃねぇかよ!?」
「そんなこと知らないわよぉ! 妹を悪者扱いする気かしらぁ!? ドルチェ、早くこの男から離れるわよぉ!!」
アマーロは言い返しながら、ドルチェの腕を引いて起き上がらせると、翼を勢い良く羽ばたかせはじめた。
翼から放たれる風によって、足跡は更に薄くなっていく。薄暗い洞窟の中にある足跡まで、消えていくのが確認できる。
この行動にユンバラは、更に顔を真っ赤にして突っ込む。
「いやいや! やめろ! その動きをすぐにやめろ!?」
「えっ、なにぃ!? 私を引き留めているのかしらぁ!? えっ、えっ!? もしかしてぇ、私に好意でも持ってるのかしらぁ!?」
「ち、ちち違げぇよっ!?」
ユンバラは頰を赤らめアマーロの言葉をキッパリと断った後も、引き続き口を開いて言う。
「足跡を消すなって、言ってるんだよ! ガハラドとかが此処に到着した時、なんかの証拠とかになるかもしれないだろう? なんで、俺がお前のことを……。まだ、出逢って間もないお前のことを……す、好きとか?」
「そ、そうねぇ……。消すのは勿体無いわねぇ。うん……。出逢って間もない貴方が、私のことを。す、好きなわけ、ないわよねぇ!」
この二人の会話を小さな身体で見上げるドルチェは、ポカーンと口を開きながら呟く。
「……ん? なんか、生まれたぁ?? まぁ、どーでも良いや!! 足跡を消すのは勿体無いんだぁ!! ならぁ、ウチがいっぱい足跡を作ってあげよぉー!!」
「ちょっ、ドルチェぇええええ!! いや、この小悪魔めぇぇええええ!! 余計なことすんなぁぁああああっ!!!!」
ユンバラはドルチェを直ぐに引き留める。
しかし……。もう手遅れだった。
「え……? なにぃ??」
そこら一帯の地面は、新しい足跡で塗り替えられていた。
「……もう、何でもないよ」
「そうなのぉ? うきゃきゃきゃきゃ!!」
ため息を吐くユンバラと真逆に、ドルチェは嬉々としながら再び足跡を地面に刻む。
アマーロは、そんな様子を瞳に映しながら、誰にも聞こえないくらい小さな声量で呟く。
「ゆ、ユンバラさん……。妹と一緒にぃ、遊んでくれているのねぇ……」
途端に。
「ひぇ……!?」
理由も分からない寒気に、ユンバラは襲われた。
と……。イリビィートが、シュティレド達に向かって遠くから伝える。
「テント、張り終わったわよぉ……!」
ユンバラ達が話している間に、テントが張り終わったらしい。




