5章 第56話
「……とりあえず、東の洞窟を目指しましょう。皆も、そこを目指して動いているはずです」
疾走する馬に跨りながら、ガラハドが落ち着いた様子で言った。
この言葉にミネルは息を荒くしながら答える。背後の追ってくる魔物を気にしながら……。
「お、おう!! その前に、俺をマジで助けてくれよ!?」
魔物の頭部から生えるツノが、ミネルの背中ギリギリまで迫ってきている。
「モォォオオオオオオーーッんん!!」
身体を荒く捻りながら唾を撒き散らし、魔物はツノをミネルの背中に突き刺そうと、前方に勢い良く突っ込んだ。
「もうダメだぁああああーーっ!!!!」
ミネルが自分自身の死を悟った瞬間。
「いくら子供を守るためでも……。私の部下を傷付けるのは、許しませんよ?」
馬に跨がるガハラドが、魔物のツノを剣先で弾き返す。
「も、もぉぉーん……」
瞬間、魔物は先程の興奮した姿が嘘かのように大人しくなり、ミネル達に背を向けて、子供の元へと静かに歩きはじめた。
そんな状況の中、ミネルはガハラドを見上げて涙目で騒ぐ。
「うおーんっ、ガハラドォおおおおーッ!! ありがとなぁー!! 今、地味に俺のこと部下とか言ってたけど、許してやるよぉおおおおっ!! 本当に、ありがとなぁああああっ!!」
「いえいえ、別に気にしないでください。再びこんな面倒なことにならないように、私の後ろに乗馬することを特別に許可しますよ……。まさか貴方が、魔物一匹も倒せない雑魚だったとは……」
そう言いながらガハラドは、ミネルに右手を差し伸べた。
ミネルは感謝を込めて、その手をギュッと握り馬の背へと跨がる。
「それじゃあ、東の洞窟へ向かうとしましょうか……。って、ん? なんか、臭いますね」
言いながらガハラドは突然に、鼻をクンカクンカと効かせながら周囲を見渡しはじめた。
否や、ミネルが耳先まで真っ赤にしながら細々と呟く。
「……さっき、小の方だけど。漏らしちまった」
「すみません。今すぐ、馬から降りて下さい」
告げられたミネルは全力で馬の背にしがみ付き叫ぶ。
「嫌ダァ!! もう、魔物に追い掛けられるのは嫌ダァ!! 次追い掛けられたら、大の方を漏らしちまうぞ!? それでも、いいなら降りてやる!!」
「何を訳の分からないことを……!! それよりも、擦りつけないで下さいよ!! 臭いが付きます!! 愛馬に臭いが馴染んでしまう前に、その行為をやめて下さい!!」
ギャーギャーと二人は大声を上げながら、剥がす剥がされまいと力をぶつけ合う。
こんな事していた所為か……。彼方此方から、魔物の威嚇する鳴き声が響きはじめてきた。
周囲の異変に気付くや否やガラハドが、さらに声を張り上げてミネルに言う。
「貴方が大声を上げるから、魔物を興奮させてしまったんじゃないですか!? 早く降りて下さい!!」
「はぁ!? それは、お前も同じ!! てか、今この状況で降りたら命ないよ!?」
「……くぅぅうううう。もういいです! 股間を絶対に馬の背に付けないで下さいね!! それでは、東の洞窟に向かうとしますよ!!」
しつこい執念に諦めがついたガラハドは、ミネルにそれだけ伝えると、馬を勢い良く走らせた。
……この状況の裏側。テップルとアフェーラは、東の洞窟の前へと既に到着していた。
「まさか街から此処まで、こんなに早く来れるとは思わなかったよ」
テップルが、洞窟の入り口を見上げながら言った。
この発言にアフェーラは、ニッコリと笑みを浮かべる。
「近道……凄いでしょ? この前、発見したの。多分、馬で此処まで来るよりも早く来れるよ」
「そうだね!!」
テップルは、満面の笑みを浮かべて返答した。
深い木々や草叢が包み込んでいた極端に細い道を通って此処まで来た。馬を引いて歩ける幅のない程の細い獣道。街から一切曲がることなく一直線に来たから、かなり時間が短縮された。
「それじゃあ、中に入ろうか」
「うん……」
テップルとアフェーラは、闇で満たされている洞窟の中へと、静かに足音を立てながら入っていく。




