5章 第55話
――数分後。街の船着場にて。
「ここまで来たら、大丈夫かなぁ……? 追いかけて来る様子もないし、少しだけ休むとしようか」
「……助けてくれて、ありがとう」
多少呼吸を荒くしながら心配そうに喋るテップルへ対して、アフェーラは微かに笑みを浮かべた。
この笑みに照れを感じたテップルは、頬を赤く染めて言葉を返す。
「いや、そんな……礼なんていいよ。僕は王宮騎士団。困っている人を助けるのは当たり前だよ。それよりも、なぜ君は追いかけられていたんだ?」
テップルの急な問い掛けに、アフェーラは少々驚きつつも素直に口を開く。
「あの追い掛けてきた人たちに、なぜか分からないけど間違えられているの……。私が、この街の皆を石化させた犯人だって……」
虚ろな瞳で俯きながら唇を閉じる姿を前に、テップルは少しばかり胸が痛くなった。
自分自身の正義感が、悲しむ言葉を前に強く反応して痛みを生み出している。
ジワジワと胸の底から込み上がってくる痛みに耐えきれなくなったテップルは、身体を前のめりにして言う。
「どうして……っ! そんな悲しいことがあってたまるか!! 君は僕が救う! だから、もう俯かないでくれ!!」
「えっ、私のこと、信じてくれるの……?」
すんなりと言葉を受け入れてくれたテップルに、アフェーラは俯いた顔を上げて呟いた。
刹那。下唇を甘噛みしながらテップルは、ゆっくりと天を見上げる。
「……僕が王騎士団に入団するずっと前、仲の良い幼馴染が罪を擦りつけられてこの世を去った。自殺ではなく他殺でね。罪を犯したものは、大人子供関係なく容赦なく裁く。罪人が裁かれるのは当たり前。……でも、彼奴には何の罪も無かった。罪を擦りつけられたんだ。これを機に僕は、王宮騎士団を目指すことにした。間違った裁きから、皆を救うために……。君が放った言葉が、本当かどうか僕には分からない。でも、その一人の可能性がある。だから、君を助ける」
「そんな事があったの……」
アフェーラは話を聞き終えるなり、瞳に涙をじんわりと少しばかり浮かべた。
それを見たテップルは、おどおど慌てはじめる。
「ご、ごめん!! 急にどうでもよい重たい話なんかしちゃって……! あっ、そうだ。話が変わるけど、君を救うには証拠が必要なんだ! なんか証拠になりそうな事とか知らないか? って……、唐突に言われても困るよな」
テップルが咄嗟な発言に反省をしていると、アフェーラが静かに唇を細かく刻む。
「……あるわ」
「えっ、?」
思いがけない返答に、テップルの喉から驚きの声が小さく発せられた。
この反応を目前に、アフェーラは休まず唇を動かす。
「……この街から東側にある洞窟。前に彼処で、雨宿りをしたことがあるの。激しい雨で中々降り止まない。暇を持て余した私は、薄暗く深さが未知数な洞窟に興味が湧いて、少し探索してみることにしたの。奥に進んで行くほどに、雨音は小さくなっていく。そして……雨音が完全に聞こえなくなる程まで、奥に潜ったとき。足下に冷たく硬いなにかが当たった。暗くて何なのか理解が出来なく首を傾げていると、『出ていけ……』って声が聞こえてきて、私は怖くなってすぐに洞窟の出口を目指して走った。暗さに目が慣れてきて走っていると、再び足に同じ感触の何かが当たった。『まただ!』と思いながら確認してみたら、まるで生きているような兎の石彫刻があったの……。その時は逃げることに必死で気にしてなかったけど、今思えばアレは石化した兎だったのかもしれないと思って話してみたんだけど……。コレって、証拠になると思う……?」
長々と話し終えたアフェーラは、テップルの両手にソッと手先を触れさせて首を横に捻った。
突然に両手を触れられたテップルは耳を真っ赤に染めながらも、シッカリと答える。
「お、おうっ! そ、それが本当だとしたら、絶対証拠になる!! よし、今からその洞窟とやらに証拠を探しに行こう!! きっと其処に、街の石化と関係している奴も居るはずだ!!」
「……うん、ありがとう。洞窟まで、案内するね」
――こうして、テップルとアフェーラの二人組は『東の洞窟』へと向かって歩きはじめた。
そんな中、ミネル達は……。
「おいおいっ!? ちょっと待ってくれよ!! ちょ、ヤバいヤバいヤバいヤバい!! コレっ、マジでヤバいやつだって!!」
「なにヘタれたことを言っているんですか!? 緊急事態なんですよ!! 命令です、静かにして下さい!!」
聖騎士であるガハラドは、甲冑を纏い激しく草原を前進する白馬に跨りながら、ミネルに喝を入れた。
この発言にミネルは大声で叫びながら言い返す。
「いやいや、この状況で静かにしろって無理言うなよ!? てか、俺も馬に乗せろよ!!」
馬に跨るガハラドを羨ましく思いながらミネルは、草原を全速力で駆けていく。
息切れしながらも、全力疾走で走り続ける。
「くそぉぉおおおお……!! どこまで追いかけてくるんだよ!!」
ミネルは、背後をチラリと振り返りながら大声で叫ぶ。
ミネルの後方に見えるのは、大きく太い鋭利なツノが特徴的な筋肉質で牛のような紫色の魔物。ツノ先からは、紫色のドロドロとした液体がポタポタと垂れているのが確認できる。
「おいっ!! お前、聖騎士なんだろう!? ならこの状況を何とかしてくれよ!! 腰に下げたデカい剣とかで!!」
「すみません、それは無理です。この聖剣は、悪を成敗する為に王から戴いたものですからね!! あの魔物は自分自身の子供を、突然に縄張りへと入ってきた私達から守ろうとしているのでしょう。ほら、よく見てください。小さな魔物の子供が見えるでしょう?」
「そんな事を確認する暇なんてねぇよ!!」
理由を添えて要望をキッパリと断ってきたガハラドに、殺意を覚えながらミネルは言葉を返した。
そして数秒も経たないうちにもう一度ミネルは、ガハラドに向かって言う。
「なぁっ!! そんな事よりも、皆んなは何処に行ったんだよ!? 俺の仲間と、お前の騎士部隊!!」
「そんなこと知りませんよ。貴方が、崖から落ちるのがいけないのです!! しかも、その崖下が魔物の巣……。貴方を助ける為に、崖から飛び降りたことをとても後悔しています。本当は今頃、東の洞窟前にテントを張り、作戦を立てていたことでしょうに……」
「ゔぅ……、悪かったなぁ!!」
なにを隠そう、今この状況。ミネルが足を滑らせて崖下に落ちたことから、始まったことなのである。