5章 第54話
「ちょっ、おい! テップル、どこ行くんだよ!?」
ミネルが咄嗟にテップルを引き止めようと脚を港側へ一歩踏み出すなり、背後から冷静な口調で言葉が発せられる。
「待ってください。あなたが今追い掛けたところで、状況が悪化するだけです。作戦を考えた後に、確実に仕留めるとしましょう」
「えっ?」
後方から聴こえてきた沈着で丁寧な声に、ミネルは背後を思わず振り返る。
刹那。紅い鎧を全身に纏う長髪の若い男が、視界に映った。
少しばかりタレ目気味な琥珀色の瞳。女性のように艶やかで長い赤髪。身に纏う鎧は、薄い光の膜に包まれているのかと思ってしまうくらいに輝いている。何か珍しい素材で造られている鎧なのだろうか。
ミネルが唖然としていると、紅い鎧の男が再び口を開く。
「どうしました、そんなに呆然として? あっ、そうだ……。自己紹介をするとしますか。私の名は、ガハラドです。あなた方は、テップルのお知り合いだったりするんですかね?」
ガハラドという名の男が口を閉じると同時に、ユンバラが驚いた声を上げる。
「ガハラド!? おい、嘘だろ!? なんでこんな所にいるんだよ!」
「おい、急にどうしたんだよ? なんだ、この人と知り合いなのか?」
唐突なユンバラの慌てようを目前にミネルが首を傾げて質問すると、すぐに言葉が返ってくる。
「どうしたも何もねぇよ! このガハラドって男は、王宮騎士団の頂に達する聖騎士たちの中でも次元が違うくらい強い聖騎士で……。腰に下げている純白の剣は、一振りで天を割ったっていう噂があるくらい。何より此奴は、魔族殺しで有名な奴なんだよ!!」
「魔族殺し!?」
ユンバラの発言にミネルが目を見開いて驚いていると、軽く息を漏らしながらガラハドが笑みをこぼし始める。
「フフッ……。魔族殺しですか。まぁ、間違ってはいないですね」
否や。ユンバラは「噂は間違っていなかったのか……」と、両腕を胸元に構えて戦闘態勢に入る。
この行動を目前にしたガハラドは、慌てながら両手を振って言う。
「ちょっ、待ってください! 私はあなた方と戦闘をするつもりは有りません!! 確かに、魔族殺しという異名が私に付いていることは真実です。ですがそれは、王宮騎士団として任務を果たした故に付いてしまったもの。善悪見境なしに、無駄な殺生はしません!」
この発言を鼓膜に響かせたユンバラは、胸元に構えていた腕の力を静かに抜いてホッと一息つく。
「なんだ、そうなのか……?」
「はい! 貴方が善人である限り、私は味方です!!」
ガハラドはニッコリと輝かしい笑みを浮かべて言い切った。
しかし、この言葉にユンバラは不安を抱えて思う。
……善人って、どこまでが善人なんだ?
そんなこんな考えていたら、ユンバラの隣に立っているドルチェが嬉々とした笑顔で言う。
「そういえば、ユンバラ! さっき船で、船長さんのお菓子を勝手に食べ――」
「ちょっと、待て!」
ユンバラは急いで、ドルチェの口元を両手で塞いだ。
「うぐっ」と苦しそうにドルチェは、抑えられている手の隙間から唇を動かす。
「ぷはっ! いきなり口を塞がないでよぉ。息がしづらいぃ……」
ドルチェに向かって、ユンバラは小声ながら勢い良く言う。
「うるさいっ、余計なことを言うな! この、小悪魔めっ!!」
刹那、ドルチェは少しばかり機嫌悪そうに頬を膨らませる。
「ふふんだっ! ウチは小悪魔ですよぉー、だぁ!! 黒い尻尾も黒い翼も生えてる、夢魔族だもん!」
「んなこと、知るか!?」
ユンバラとドルチェが言い争っていると、ガハラドが心配そうに眉を寄せて呟く。
「あ、あのぉ……。大丈夫ですか……??」
「えっ? あっ、はい!! 全然大丈夫っ!!」
突然の問い掛けに、ユンバラは急いで誤魔化しな様子で返答した。
続けてドルチェも返答する。
「ゔっ、イジメられたぁ……」
「うるせぇ! 余計なこと言うな!!」
ユンバラが頬を真っ赤にドルチェの耳元で囁く様子を前に、ガハラドは軽く笑みをこぼす。
「ふふっ、微笑ましい光景ですね」
そんな時だった。
「ガハラド様! ただ今、第二探索部隊が、この街へと帰還して参りました!!」
一人の王宮騎士であろう男が、駆け足で伝えに来た。
「そうですか。了解しました。結果は、どうでしたか?」
ガハラドがこう言葉を返すと、男の顔の表情が曇りはじめる。
「そ、それが……。第二探索部隊、半分しか戻って来ていないのです。話によると……、東の洞窟にて、一人の女に次々と石化されていったとか何とかで……」
「なんだと!? それは、本当ですか!!」
ガハラドは、目を大きく見開き口を大きく開いた。
「信じたくはありませんが……。皆の証言が、一致していましたので……」
「そうですか……。それでは、こんな所で暇を潰している時間は有りませんね。今すぐに作戦を立てて、東の洞窟へと乗り込むことにしましょう」
「はい!」
ガハラドの冷静な判断に男は背筋をピンと伸ばして、張った声で返事をした。
ミネル達がそんな様子を唖然と見ていると、ガハラドの視線が向いてきて言われる。
「察するにあなた方。只者ではないと思えます。宜しければ、我々に協力してはくれませんか?」




