5章 第53話
助けを求める声の元へと向かって走っている道中、沢山のガチャガチャとした足音と、鞘から剣を引き抜く音が街に小さく響く。
同時に、数人の罵声が順々に冷たく発せられる。
「おい、お前は何者だ!? もしや、この街の住民を石と化した元凶か!」
「……違う」
「どうして、街の皆を石にしたんだ!?」
「……してない」
溢れるように発せられる数々の罵声の間に、女性の声が儚く言い返している。
こんな会話ともいえない言い合いを小耳に挟んで駆けていると、数人の驚く声が進行先から聴こえてくる。
「うわっ、なんだコイツ!? 見た目が変わった!! って、どっかに逃げるぞ!」
「なにをしている、早く追え!!」
テップルを先頭に、謎の騒ぎに首を傾げながら足を動かしていると、前方から四足歩行の小さな小動物的なモノが向かって来ていることに気付く。
刹那、ドルチェが元気よく唇を開いて笑みを浮かべる。
「なにあれぇ!? モフモフしてて、可愛い!!」
「助けて、ください!!」
正面に見える、モフモフの小動物が喋った。
「……えっ、動物が喋った!?」
ありえない光景を目前にミネルが唖然と驚いていると、動物の身体が薄い光の膜に包まれはじめる。
光の膜は動物の身体の内側からどんどん生み出されて、輝きが増して大きくなっていく。
動物は光を発しながらの状態で、ミネルたちの方へ懸命に駆けてくる。
動物は一歩進むごとに、眩い光の中で容姿をグニャグニャと変化させていく。
人類が進化するように、色々な過程を経て段々と姿を変えている。
「な、なんなんだ……?」
テップルは、唖然と口を開きながら立ち止まった。
ミネルたちも同様に脚の動きを止める。
と、光に包まれている動物が再び声を発する。
「私を助けて……」
先程に助けを求めていた声帯。光を纏う動物は、助けを求めていた声の正体だろう。
この事をすぐに察したテップルは、急いで光の近くへと向かって行く。
「分かった! 僕が援護する!! 一体なにから逃げているんだ!?」
テップルが走りつつ問い掛けると、光は目も開けられない程の輝きを途端に発しながら言う。
「あの人達……。白い鎧を着ている、あの人達から逃げているの……!」
「……えっ、白い鎧?」
眼が潰れてしまいそうな輝きをすぐ側にテップルは、必死に堪えながら追っ手の存在を確認してみる。
否や、此方側へ走り向かってくる白い鎧を纏う数人の人影を視界に捉えた。
白い鎧を纏う者たちは、光の側に立ち尽くしているテップルの存在に気が付くなり言う。
「おいっ、テップルじゃないか! その光り輝くやつを捕まえてくれ!!」
白い鎧を纏う者たちの正体は、テップルの仲間でもある王宮騎士団であった。
仲間の命令を鼓膜に響かせたテップルは戸惑いながら、輝きをどんどん増していく光に瞳を向ける。
「私を助けて……」
テップルにこう呟く光の形は、先程よりも数倍大きくなっており、人型に変化していることが一目で把握できる。
「お前は……、何者なんだ……?」
光の中の人影に問い掛けるテップル。
一息もしないうちに、質問の答えは返ってくる。
「貴方を信じるから名乗る……。私の名前は、アフェーラ」
光はジンワリとした声で、テップルの耳を包み込むように囁いた。
と。
人型を包み込んでいる眩い光の膜が、破裂するように散り散りに弾け飛んだ。
否や。
「……私を助けて」
テップルを前に悪戯めいた笑みで囁きながら、女性が光の中から姿を露わにした。
その容姿は、どんな強情で頑固な男でも虜にしてしまいそうな身体つきである。
そんな見た目に、耳の内側から蕩けてしまいそうな甘い肉声を兼ね備えている彼女。
テップルは、どうすれば良いか分からなくなった。
……下手に約束なんてしなければよかった。
後悔しながら、テップルは白い鎧を纏う仲間たちを見つめて決断する。
「僕は、王宮騎士団! 困っている者を助けるのが、役目なんだ!!」
テップルは、自分の方に駆け向かってくる白い鎧の仲間たちに言い切ると、アフェーラの手を引き、ミネルたちを押し退けて、港側へと懸命に走りはじめた。