5章 第48話
「ここら辺で良いかしらぁ……?」
アマーロは呟きながら、一つの大きな切り株が真ん中に目立つ木々に囲まれた広間で、立ち止まった。
アマーロの右手には、赤ん坊の拳骨一個分ほどの大きさの屈強そうな虫が一匹、握られているのが確認できる。
そんな強そうな虫を見ながら、ミネルは呟く。
「いつの間に、虫なんて捕まえてたんだよ……」
この声を鼓膜に響かせたアマーロは、すぐに口を開いて言う。
「そういう貴方だって、虫を何匹か捕まえているじゃない」
「えっ、俺が虫を捕まえているって……?」
虫なんか捕まえた覚えのないミネルは、自分自身の身体周りをキョロキョロと見てみることにした。
否や。
数匹の小さな虫が、足元から頭に向かってズボンを這い上がって来ている事に気付く。
「うおぅいっ!? さっき石の裏にいた虫、なんか俺の身体を登って来てるんだけどっ!?」
身体の虫を叩き落としながら驚く反応を横に、ドルチェが楽しそうに笑みを浮かべて唇を動かす。
「ねぇねぇ! あの切り株の上とかで、虫相撲でもするのぉ?」
ドルチェは言いながら、広間の真ん中に存在する大きな切り株を指さした。
「そうよぉ。よく分かったわねぇ」
ドルチェの言葉にアマーロは、少しばかり微笑みながら返答した。
この会話を目前に聞いたミネルは、身体から虫を取りながら問い掛ける。
「虫相撲って、切り株に置いた自分の虫が地面に落下したりしたら、負けちゃうとかそういうヤツだっけ……??」
「そうだよ!」
ミネルが言い終えるなり、ドルチェが元気よく答えた。
続いて、冷静な口調でアマーロが返答をはじめる。
「ルールを分かっているなら、早く戦いましょう」
アマーロは口を閉じるなり、切り株へと向かって脚を進める。
身体に付いていた虫を叩き落とし終えたミネルも、切り株の近くへと追って脚を進める。
と。
一足先に切り株の前へと到着したアマーロが、虫を設置しながら口を小さく開く。
「この切り株の上に、互いの虫を置いた瞬間、戦いが開始するわぁ。ドルチェは絶対に渡さないわよぉ……」
この発言を聞き終えると同時に切り株の前へと到着したミネルは、身体から落としきれていなかった小さな虫を一匹だけ手に摘んで設置する。
「よし、置いたぞ! よーい、ドンっ!! 勝負だ!!」
「望むところよぉ!」
虫相撲が開始するや否や、ミネルは周囲の空気を思いっきり吸い込んで頰を大きく膨らませる。
そして……。
「ぶふぅぅううぅぅぅぅううううううーっ!!!!!!」
自分自身の小さな虫に、顔を真っ赤にして息を思いっきり吹き付けた。
刹那。
アマーロの虫を残して、小さな虫は切り株の上から盛大に吹き飛ばされた。
「あ、貴方……? 今、自分自身の虫をわざっと吹き飛ばしたように見えたのだけどぉ……??」
「そんなことないです。なぁ、ドルチェ! 審判!! 試合結果は、俺の負け?」
唖然と口を開くアマーロを前に、ミネルは急いでドルチェへと審判を求めた。
「見てなかったぁ!!」
「おい、審判っ!? シッカリしろよ、審判っ!!」
試合を見ていなかったというドルチェに思わずツッコミを入れながら、ミネルは内心に思う。
……くそっ、コイツ。少しでも試合時間を伸ばして、俺の精気を全て吸い取るつもりなのか?
そんな中、アマーロが若干にやけた顔で呟く。
「なら、もう一度……。勝負するしかないわねぇ」
「そうだな。もう一度するかぁ……」
ミネルは深く溜息を吐きながら、自身の身体から虫を取ろうとする。
しかし……。
「あれ? もう、どこにも虫が付いてないや……」
そう言いながら足元を何気なく見てみると、金色に輝く少し大きめなミミズが一匹、ウニョウニョと蠢いていることに気付いた。
「もう、コイツで良いや……」
ミネルは切り株の真ん中に、ミミズを地面から拾い上げて適当に設置した。




