5章 第46話
「裏切り者ってなんだよ! まるで俺が悪い奴みたいじゃんか!?」
「ウチみたいな、か弱い女の子を引き渡そうとするのは……悪役! 大悪党だよ!!」
ドルチェは、ミネルの腰元を両手で強く引っ張りながら、頰を大きく膨らませた。
そんな言葉を投げ付けられたミネルは、口を大きく開いて必死に言い返す。
「何が、か弱い女の子だよ!? 人の精気を吸い取っておいて、よくそんな事が言えるな!?」
「ゔぅ……っ!? ウチだって、吸い取りたくて吸い取っているわけじゃないのに……。シクシク、シクシク」
「お、おい。泣くなよ……」
突然にシクシクと両手で目を抑え、静かに涙を流しはじめるドルチェを前して、ミネルは申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになった。
と。
「あららぁ……。妹を泣かせるなんて、許せないわねぇ」
宙に浮いている女性が、ミネルをジッと睨みつけながら呟いた。
殺意に満ちた鋭い眼光と呟きを感じ取ったミネルは、慌て急ぎながら上空を見上げて唇を動かす。
「いい、いや……俺が泣かせたわけじゃないです! この子が、勝手に泣きはじめたんですよっ!?」
自分自身を庇うために咄嗟に吐いた最低な言い訳に対して、女性は頷きながら言う。
「私が見た限りだと……貴方が強い口調で怒って、泣かせているように見えたけれどぉ? ねぇ、ドルチェ……。真実は、どうなのかしらぁ?」
「うゔっ……。泣かされたよぉ。……シクシク、シクシク」
女性から問い掛けを受けるなり、ドルチェは泣きじゃくりながらもハッキリと言い切った。
……コイツぅ!!
ミネルが怒りを覚えながら横目でドルチェを見てみると、ニヤリと悪戯めいた笑みが確認できた。
可愛くない笑みを浮かべながらドルチェは、小声でミネルに呟く。
「ウチを助けてくれるなら、泣くのをやめるよぉ。ウチが勝手に泣いたことにも、してあげる……!」
「助けるってことは、お前の衣食住の面倒もみなきゃいけないってことだろう? 誰がそんなこと――」
「ゔぅ……シクシク、シクシク」
ミネルが提案をキッパリと断ろうとしたら、再びドルチェが周囲にアピールするように泣きはじめた。
この行動に頰をピクつかせる女性を横目に、ミネルは焦りながら小声で発言する。
「おい、泣くなよ……!? 分かったよ、お前を助けるよ。だから、泣くのはやめてくれ」
「……本当? じゃあ、もう嘘泣きはやめる」
ドルチェは言葉通りに、すぐに泣くのをやめた。そのかわり、ニコニコと満面の笑みを浮かべはじめた。
この変わりように若干引きながら、ミネルは内心に悪戯めいた笑みを浮かべて思う。
……よし。まずは世の中、泣いても解決しないことがあると教育してやるか。
そんな中、浮かんでいた女性がミネル達の目前までユックリと降りてきた。
「あらまぁ。ドルチェ……。その様子だと、嘘泣きだったようねぇ。私、すっかりと騙されちゃっていたわぁ……」
嘘泣きに気付いた女性は「うふふ」と目を細めながら微笑を浮かべた。
この様子にミネルも苦笑いながらも、笑みを作ってみる。
「僕もスッカリと騙されちゃいましたよぉー。あははははぁー」
「誘拐犯が、何を呑気に笑っているのかしらぁ?」
「えっ、誘拐犯!?」
今さっき程まで微笑を浮かべていた女性の顔は、怒りに満ちていた。色白でお淑やかな顔が、真っ赤になっていて眉間にはシワが寄っている。
「そうよ貴方は誘拐犯。私の可愛い妹の手を繋ぎながら、否定ができるとでもぉ?」
「えっ、手を繋いでる……?」
ミネルは女性の言葉に疑問を抱きながら、自分自身の右手先に視線を向けてみる。
刹那。
シレッとした表情でドルチェが、右手を掴んでいることに気付く。あまりにも優しく掴まれていたので、触れらていたことにも気付かなかった。
「おいっ、なに勝手に俺の手を掴んでいるんだよ!?」
ミネルは慌てて繋がれた小さな手を振り払うと、脂汗を流しながら女性の顔に視線を向けて言う。
「いや、コレは違うんです!! 決して、手を引っ張って誘拐をしようとかそういうのではなくて……。というかこれは、夢!! 夢の中でいくら手を繋いだところで、誘拐なんて出来ない! 連れ去ることなんて、不可能なんですから!!」
「言い訳なんて聞く気はないわよぉ……。とりあえず、貴方の精気を全て吸い取ることにするわぁ」
女性がミネルの言葉を軽く受け流しながら言い切るなり、ドルチェが多少に慌てながら唇を大きく動かす。
「ちょっと待って! お姉ちゃん、違うの。ウチ、この人と結婚をしたいの!! だから、殺されたら困る!!」
……えっ、結婚!?
不意に発せられた言葉に、ミネルの思考は一瞬だけ固まりそうになった。
そんなことを御構い無しに、女性は口を開いて言う。
「あらまぁ。この男性は、婚約者だったのぉ? なら、力試しをする必要があるわねぇ」
……力試し? なんだよそれ、イヤだよ。やりたくないよ。
ミネルが面倒くさいと感じる中でも、女性はユックリと唇を動かす。
「そうねぇ……。力試しの内容は、私と決闘をするということにしましょう。男が女の私に負けるくらいじゃ、これから先……ドルチェを護れるのか不安だから、返してもらうわよぉ。逆に貴方が勝ったら、ドルチェを宜しく頼むわぁ。決闘場所は、彼処に見える金色の島にしましょう」
「頑張ってねぇーっ!!」
……よし、この決闘。負けてやろう。
固く想いを誓いながらミネルは、隣からドルチェの声援を受けて、金色の島へと繋がる橋を踏みしめた。