5章 第42話
暴れるパシーエの身体を、シュティレドの脚を先程まで拘束していた糸を再利用して皆で巻きつつ……目的地である大広間を目指して、懸命に表路地を駆け走っている時。
背後から小声で話す町人の会話が聞こえてくる。
「なぁ……アイツ。噂のユンバラって、奴じゃないか?」
「あー、そうだよ。あの桃色髪とツリ目は、ユンバラだな。斬り裂き魔のユンバラさんだ」
「え……?」
後ろ指をさされる感覚と共に、町人の会話を鼓膜に拾ったユンバラは、腑抜けた声を漏らしながら立ち止まる。
「おいっ! 急に立ち止まって、どうしたんだよ!?」
不意に停止したユンバラの行動を不審に思ったミネルが、勢い良く問い掛けた。
そんな瞬間だった。
大勢の町人を引き連れている女性が、前方から自分達の方へと向かっていることに、場の皆が気付く。
「なな、なんだ? スゴイ人数だな……」
ミネルがオロオロと声を漏らすや否、マニュタが目を煌めかせて唇を動かす。
「あっ! アレは、お母様!!」
「えっ? お母様!? 何処にいるんだ?」
ミネルが困惑しながら首を傾げていると、ベイリーンがドヤ顔で説明を開始する。
「フフんっ! 前方の列を引き連れるように足を進めている女性が、お母様だ! そう、初代聖女様なんだ! 羨ましいだろう!! 俺は羨ましいぞ!」
「いや……。他人の親をお前が自慢して、どうするんだよ」
そんなこんな話している内に……。初代聖女が引き連れる行列は、ミネル達の目前に到着して足を止めた。
「桃色髪でツリ目……。貴方が、斬り裂き魔なのね」
列の先頭に立つ初代聖女が、何の前置きも無しに、ユンバラに向けて静かに言葉を解き放った。
「ち、違う! 俺は斬り裂き魔じゃ――」
「言い訳は見苦しいわよ。嘘なんかついて……。私たちと、一戦交える気なのかしら?」
初代聖女は聞く耳も持たずに、人差し指を後方へ向けて町人の存在を強調した。
町人は人類種以外にも、魔族の姿がチラホラと見当たる。
一戦を交えるのは、避けた方が良いだろう。
「今だったら見逃してあげるわ。早くこの町から、消え去りなさいな!」
初代聖女は、ユンバラにトドメを刺すように、少々強めに言葉を投げつけた。
「…………なんで」
ユンバラは力無き声量で呟きながら、初代聖女と町人たちを見つめる。
と。
裏路地で口論になった責め口調な男が、町人に混ざって居るのが見えた。
男はユンバラと目が会うなり、ニヤリと悪戯めいた笑みを浮かべ呟く。
「早く、消えろよ……」
「くそ……! お前の所為だな」
ユンバラが拳を握りしめながら、悔しみと憎しみを小声で呟いた瞬間だった。
「なぁ、ユンバラ。俺たちの仲間になるんだよな?」
「は?」
ミネルが突然にキョロっとした表情で言った。
当然ながら、そんな約束はしていない。
不意な問いにユンバラは、戸惑ってしまう。
そんな様子を前に、続いてイリビィートが悪戯めいた笑みを浮かべる。
「貴方、あたし達の仲間になるって言ったわよね?」
「え……いや。そんなこと――」
「そうだ、聖女様。此処は港町だよね? だったら船が有るだろう? キャラック船とか有るかな? 此処から少し離れた大陸にある、町へ行きたいんだ」
ユンバラの正論を遮ってシュティレドが、初代聖女へと問い掛けた。
「……そう。この町から、出て行ってくれる気になったのね。船はシッカリと有るわよ。マニュタ、ベイリーン……船が停泊している港まで、案内してあげなさい。それよりも貴方たち二人、なぜ斬り裂き魔とその仲間たちと行動を共にしているの?」
「えっ、そ……それは! とりあえず、案内してきます!!」
マニュタは返答の言葉を濁らせて、ミネルたちを船がある場所に案内しようと焦って動きはじめる。
「ほら、コッチですよ! 皆さん、私に付いてきてください!!」
「お、おう……」
ミネルがマニュタとベイリーンに付いて行こうと、脚を踏み出した瞬間。
「あら? その縛られている女性は誰なのかしら?? ベイリーン、その女性を連れて私に付いて来てちょうだい。案内役は、マニュタ一人で十分よね? 斬り裂き魔はこの町から出て行くということだし……。町の皆さん、今日のところは解散しましょうか」
初代聖女がパシーエを横目に、何処かワザッとらしく言葉を吐いた。
ベイリーンは従って、拘束されているパシーエを右肩に背負いはじめる。
町人たちも、ゾロゾロと列を崩して多方向に散らばっていく。
……初代聖女の権力、半端ないな。
ミネルがそう感じていると、一人先に張り切って港へと向かおうとしているマニュタが口を大きく開く。
「早く行きますよぉー!」