5章 第41話
「えっ? いやいや、別に笑ってないよ??」
「嘘をつくな! 笑っていただろう!!」
ミネルが少しふざけた口調で返答すると、パシーエは眉間にシワを寄せてカッと口を開いた。
この様子を前にしてイリビィートは、悪戯めいた笑みを浮かべる。
「何なのかしら? 可笑しなモノをみて、笑うのは当たり前のことでしょう? 貴方に、当たり前は通用しないのかしら?」
「ぐぬぬぬぬぅぅ……! 絶対に、許さない! 今すぐ始末してやる!!」
怒りを抑えきれなくなったパシーエは、双眼を血走りながらミネルたちの方へ走り向かって来た。
この行動を目前にして、イリビィートの隣に立っている老人が心配したような口調で発言する。
「おい待て! このまま進んでくると、お前さんが仕掛けた見えざる糸に、引っかかってしまうぞ!?」
「キャハハッ! 心配は無用……!! 言ったよね? 自分の意思で、糸を切ることが出来るって!!」
パシーエは威勢良く返答すると、指先から糸を鋭く放出するように伸ばす。
その後……両腕を前方へ素早く振り下ろした。
「キャハッ! コレで、ボクの前を邪魔する糸は全て切れたと思うよ……」
パシーエはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、駆ける脚の動きを速めてミネルとイリビィートに向かって叫ぶ。
「キャハハッ! 今に楽にしてあげる!!」
「馬鹿だな。大人しく逃げれいれば良かったものの……」
「ふぇ?」
パシーエは、不意に頭上から伝わってきた言葉に少々困惑しながら、上を見上げる。
見上げた先には、黒鱗翼を静かに羽ばたかせるシュティレドの姿があった。
「……キャハ? 何をする気?」
パシーエが不安を感じながら問い掛けるなり、シュティレドはニヤリと笑みを浮かべて言う。
「……君を気絶させて、家を貰うんだ」
「え? どう言うこと……。――って、グハァ!?」
パシーエが再び質問をしようとする中。シュティレドは少し強めに一発、頭上にかかと落としを入れた。
「い、痛い!? 女の顔だよ!? 傷が付いたら……って、頭から血が出てる!?」
「……しぶといなぁ」
シュティレドは、パシーエの言葉を聞き流しながら、更に蹴りを入れようと右脚を高く振り上げる。
刹那。
「同じ手は、二度と喰らわない……!」
パシーエはグワッと鋭い眼光でシュティレドに言い切ると、両手から糸を伸ばして頭上を飛ぶ脚をグルグル巻きに拘束した。
この行動にシュティレドはニヤリと笑みを浮かべる。
「そうかぁ。でも……君を狙っている敵は、僕だけじゃないよ? 他の人たちの攻撃はどうやって止めるのかな? 僕を拘束するのに、両手の糸を使っちゃっているよね?」
「キャハハハハッ!! ボクの両手が塞がっているとでも言いたいの? もしかして、お前は馬鹿なのか? どれだけ説明すれば良いのかなぁ。自分の意思で、糸を切ることが出来るんだよ。だから、お前を縛っている部分だけ切り取れば――っと、グハァッ!?!? 話している最中に、横から頰を殴ってきたのは誰だ!?」
「俺だ!!」
ミネルが堂々と立ち構え、声を大にして言い切った。
「俺だ!! じゃないよ!? お前ら、どんだけ不意打ちが好きなんだよ!!」
かなり怒っている様子を目前に、ミネルは少々に声を小さくしながら呟く。
「い、いや……。戦いに、不意打ちなんて関係ないだろう」
「本当にそう思っているんだったら、そんな自信無さ気に言うなよ!?」
パシーエが思わずツッコミを見れてしまった時だ。
ミネルの後方から、獣らしきモノの雄叫びが響き渡ってくる。
「――グワァァァァッ!! もう、焦れったいわ!! そんな雑魚を始末するのに、なんでこんなに時間を掛けているのかしら?」
この荒い口調な発言を鼓膜に響かせたミネルは、背後を振り向こうと首を動かした。
そんな中……。パシーエが両目を見開いて、声を小さく漏らす。
「な、なんで……こんなところに狐が。も、もしかして……万雪山の狐か!? でも、彼処には『煉獄』が派遣されていたはずだし――」
パシーエの瞳には、白狐化したイリビィートが威嚇して唸る姿が映っている。
「何をブツブツ呟いているのかしら?」
イリビィートが、パシーエの発言を遮るように問い掛けた。
と。
「もう、付き合ってられない……。ボクは、逃げるとするよ」
「させねぇよ!!」
「えっ!?」
ユンバラが、逃げようとするパシーエに飛びつくように抱きついた。
「ちょ、チョッと!? 離して!! 女に突然に抱きついてくるなんて、変態!! サッサと、離せって!!」
「離さない……」
パシーエは、ユンバラの真っ直ぐな言葉を前に……全身の力を抜いて、誰にも聞こえないような声量で細々と呟く。
「……好きなだけ人殺しをしても良いという条件に、釣られて来てしまったけど、面倒くさい奴が居る町に派遣されてしまったんだなぁ。明日……初代聖女とかいう奴に、王国へ帰ると報告することにしよう。キャハハハハ……」
「おい、なにブツブツ言ってるんだよ?」
「お前には、関係ないこと。キャハハッ!!」
ユンバラの疑問に笑ってパシーエが答えると、イリビィートが人類種の姿に変化をしながら呟く。
「あたしが態々、本気を出そうとしなくても良かったのね……」
こう語るイリビィートの姿は全裸であった。
そんな裸体姿を目にしたシュティレドが、早口で唇を動かす。
「チョッと!? 僕が貸していた上着は、どうしたんだい!?」
「ちゃんと、ここに投げ捨ててあるわよ。ほら……」
イリビィートは質問に返答しながら……変身する前に地面へと脱ぎ捨てていた上着を、拾い上げて身に纏った。
こんな状況の中。ユンバラが、場の皆へ伝わるよう声を大にして言う。
「日が昇らない内に、大広場の噴水前へと急いで行かなきゃな! 早く証拠を見せなければ……俺が斬り裂き魔だと、町の皆に言い振らされてしまう!!」
「そうだな!!」
ミネルの返答を合図に場の皆は急いで、証拠を証明する為、大広場の噴水前へと向かうことにした。