5章 第40話
「ベイリーン!! 早く、コイツを捕まえるんですよ!!」
マニュタはこう命令しながら、ミネル達を睨みつけているパシーエをビシッと指差した。
この発言にパシーエは、甲高い笑い声をあげる。
「キャハハハハッ!! ボクを捕まえる? 戯言かな? それとも、幻想かなぁ? どちらにせよ……ボクを笑わせてくれるねぇ!!」
……なんだコイツ。スゲェ、ムカつく。
ミネルが心中、ムカッとした感情を抱いていると……パシーエは両手先から放出されるように延々と伸びる糸を、素早く振り回しはじめた。
「な、何をしているんだ?」
ユンバラが目前の行動に戸惑いを感じるなり、パシーエは笑いを堪えるように微笑を浮かべて呟く。
「クスッ……ぷっ、クスクスっ! 何をしているかって? 壁を作っているんだよ。崩れた瓦礫を縫合して、壁を修復しているんだよ!! ボク、昔から……とっても、器用なんだよね!! なんというか、器用の域を越えちゃっているんだよね!!」
こう語るパシーエの言葉を聞いているうちに、壁はみるみる修復されていく。
そして数秒後には……壁は完全に修復された。
修復された壁の向こう側から、パシーエの笑い声と共に言葉が響き渡ってくる。
「キャハハハハッ!! それじゃあ……ボクは、有意義にこの場から立ち去るとするよ。それじゃあ、またねぇ」
「何が、またねぇだよ……。壁ぐらい、何度でも破壊してやるよぉぉぉぉ!!」
パシーエのバカにした発言に、ユンバラが犬歯を剥き出して声を荒げた。
「えっ?」
唐突なデカイ声にミネルが驚く中……ユンバラは威勢良く雄叫びを上げて、右手先を修復されたばかりの壁に叩きつける。
と。
鼓膜に突き刺さるような爆音と共に、激しい粉塵を舞い上げて、壁はガラガラと激しく崩れはじめた。
「うう、嘘だろう? その壁は、ボクの糸を通して修復した壁だよ? ボクの糸は、絶対なる強度を持っていて、ボクが意識しない限り切れないはずなのに……。なんという、怪力の持ち主なんだ?」
「あぁ……怪力? しらねぇよ、んなこと。というかよく見てみろ。俺の手をよく見てみろよ」
「はぁ……?」
パシーエは腑抜けた声を漏らしながら、ユンバラの手先に視線を向けた。
その手、指先の一本一本には……とても鋭く長い爪が伸びている。
「な、なんだ? その鋭利な爪は?」
「嫌われ者な爪とでも、言っておこうか? まぁ、察したと思うが……。この爪で、瓦礫を縫合していた糸をブッた切ったんだ。糸を切る方が、壁を壊すよりも楽だろう?」
ユンバラは丁寧に言葉を返すと、崩れ落ちた瓦礫を踏み越えながらパシーエの方に向かって歩いていく。
「ひっ、ひえぇッ! ボクの方に、来るな!? ボクは女だぞ! それでも、暴力を振るうのか? 男が女に、暴力を振るうのか!?」
「あぁ? 今更なにを言ってやがるんだよ。お前は散々、人を殺めてきただろう?」
この返答にパシーエは、オドオドと両手を胸元で小刻みに振りながら、追い払うような仕草をとる。
「ぼ、ボクを殺す気なのかい? あ、あっちに行け!! ボクに、近づくなっ!?」
「別に殺したりはしねぇよ……。証拠として捕獲する為に、少しばかり気絶してもらうだけ――って!? う、動けねぇ!! なんだ、どうなってるんだ!?」
目前で驚き戸惑っているユンバラに悪戯めいた笑みを浮かべて、パシーエは唇を動かす。
「クスクス……。だから、ボクに近づくなと警告したんだよ。アレだけ、あっちに行けと言っていたのに。ココら周囲には、仕掛けた本人であるボク以外には、位置が把握できない程、極細で透明な糸を張り巡らせて貰ったんだよ。君が近づいてくる間、ボクは胸元で手を振っていただろう? その時に、張り巡らせて貰ったんだ。正直言って……君たちと同じように、ボクも糸の姿形は瞳に捉えることは出来ていない。作り出した本人は……糸が何処にあるとか位置をシッカリと把握していないと、自身にも危害を加えてしまう程に危険な技なんだよ」
「く、くそ……。ふざけたことを抜かしやがって。こんな糸、スグにぶった切ってやる……」
ユンバラはこう発言するや否……糸が存在していないであろう後方へ少し下がり、指先の爪を使って周囲の糸を切り裂こうと動く。
しかし……切れたのは糸ではなく、ユンバラ自身の腕の皮膚だった。切れたといっても、切り傷。命には関わらない程度。
「くそっ!? いってぇ!!」
「あまり此方側には来ない方が良いよ。それじゃあ……次こそ、ボクはこの場から立ち去るとするよ」
「くそっ、待てよ! 逃げるのか!?」
「キャハハハハ! なに甘ったれたことを言っているの!? 逃げるということも、戦い方なんだよ。それじゃあね――って、うわぁ!? 痛い!?」
パシーエが立ち去ろうとしながら、ユンバラ達へと有意義に手を振ろうとした時。
自分自身で仕掛けていた糸に、手先が当たってしまった。
「うわ、ダサいな……」
「アレは、ダサいわね」
ミネルとイリビィートが目前の光景にクスリと笑みを浮かべる。
この様子を横目に、パシーエが文句を言う。
「ぼぼ、ボクを……笑ったな! この野郎ぅぅ……!!」