5章 第32話
老人の質問に、シュティレドが首を傾げながら答える。
「え? もしかして僕、目的地を間違えているのかい?」
瞬間……シュティレドの声を鼓膜に響かせた老人が、唇を開いて言う。
「あぁ、申し訳ないが……私が想像していた町とは、違う場所だ。私は少し隣に位置する、治安の良い港町を思い浮かべていたんだが……」
「そうだったんだ。申し訳ないね。でも、もう此処まで来てしまったんだ。せっかくだから、この港町を少しばかり覗いてみようよ」
そう返答するなり……シュティレドは一人先に、月光にうっすら照らされる町の中へと、足を踏み入れた。
今の会話から想像が付くように……此処ら近辺には、港町が二つ並ぶように位置している。
数年前まで此処らには、治安の良い港町が一つしかなかった。
そんな治安の良い港町に、勝手に出入りする海賊などの輩を取り締まった結果……悪党達が少し離れた場所に、自分たちの港町を造ってしまったのだ。
そう……現在ミネル達の目前に確認できる、港町が造られたのだ。
「おい、待てよ!」
ミネルは、シュティレドを追いかけるように、町の門を潜り抜ける。
続いて、老人とイリビィートも渋々に町内へと入って行く。
町内の雰囲気は、お世辞でも『良い』とは言えなかった。
生ゴミが腐った匂いや、何日も風呂に入っていない者たちの汗臭い匂いが漂っている。
人類種以外にも、魔族の姿もチョクチョク確認ができる。
建ち並ぶ建物には……亀裂が入り、木の蔦が根を張っている。
そんな建物に寄り掛かって、酒や葉巻の匂いが染み付いている者たちが睡眠をしているのも、四方八方に確認できる。
足元は全くに舗装されていなく凸凹しており、気を抜いたら躓いてしまいそうなぐらいに、道が悪い。
それに……まだ深夜だと言える時刻なのに、目がパッチリ覚めている者も結構に確認できる。
この町の者たちは、寝たいときに寝ているのだろう。
「なぁ……悪いことは言わない。早く帰らないか?」
老人が、先頭を進むシュティレドの背後に向かって呟いた。
刹那、シュティレドが後方を軽く振り返り唇を動かす。
「どうしたんだい? そんなにオドオドとした口調で??」
「えっ、いや……なんか、この町の雰囲気が私の肌に合わないというか――」
老人がシュティレドに、か細い声量で返答を開始した。
と、瞬間。
「――ゔぅぎゃぁぁぁぁーーッ!?!?」
突然に……男一人の叫び声であろうモノが、町内に大きく響き渡った。
「どうしたんだ!?」
ミネルが、不意な悲鳴に驚き戸惑っていると……町人たちの声が次々と耳に入り込んでくる。
「――また、裏通りで人が刺されたのか?」
「――どうしたんだ? 裏通りの斬り裂き魔の仕業か?」
物騒すぎる数々の言葉に、ミネルと老人の背中は凍り付いた。
そんな中……イリビィートが冷静な表情で、少し遠くを見つめながら口を開く。
「ねぇ、あの人……。あたし達のこと、なんかジッと見てきているのだけれど、なんなのかしら?」
「えっ?」
ミネルと老人は戸惑いつつも、イリビィートが指差す方向へ視線を向けてみる。
刹那。
青白い肌をしている、剣を背に二つ背負った魔族の男が一人……瞳に映った。
服装からは、この町の用心棒といった雰囲気が漂っている。
イリビィートの言う通り……なんかジッと見つめてきている。瞬きを一切しないで、ジッと見つめてきている。
「何者なんだよ……アイツ?」
ミネルは、少しばかり後退りしながら呟いた。




