5章 第28話
老人の心配する声に、狐っ子は微笑んで答える。
「別に、心配なんかしなくても大丈夫よ。今から、そこで気絶している魔術師に……ここら一帯の炎を消化させるついでとして、消してもらうから」
「おぉ……そうか」
老人の心配しつつも納得する返答を聞き届けると……狐っ子は重みのある足音を立てて、気絶している魔術師の近くまで向かう。
そして……地面に横たわる魔術師を、右前脚で軽く小突きながら呟く。
「はやく、目を覚ましてちょうだい……」
「ゔぅ……ゔぅぅ…………っ」
身体を突かれる衝撃のおかげで、魔術師は薄っすらと意識を取り戻しはじめる。
だが、完全には意識を取り戻していない。
まだ、気絶をしているといえる。
「中々、目を覚まさないわねぇ……」
狐っ子は軽く苛立った様子で、更に力を込めて身体に衝撃を与える。
すると、
「うぐぅッ!?」
魔術師が大きく目を見開いて、意識を完全に取り戻した。
刹那……狐っ子は、困惑しながら辺りを見渡している魔術師に、少々威圧をかけて言う。
「あたしの尾に灯っている炎を消してもらっても、よろしいかしら?」
この要望に、魔術師はニヤリと笑みを浮かべながら返答する。
「何故ですか? 尾に灯る炎が、貴女の美しさを更に引き立てていると思いますよ……? それに、消してあげたところで……ワタシには、何ひとつの得が無いじゃないですか」
この舐めた口調と発言に少々イラついた狐っ子は、鋭い犬歯を口から剥き出して吼えるように言う。
「人類種の一人や二人、同時に襲いかかってきたとしても……この牙で瞬殺は可能なのよ?」
「……もしかして、ワタシを脅しているつもりですかね? フフフフッ、くだらないですねぇ……! そんな脅しに屈するとでも!? ワタシは王宮魔道師ですよ?」
さっきまで気絶をしていたことを忘れているのか……魔術師は高笑いをしながら、強気に言い返した。
その後も魔術師は、裏返りつつある声で更に言葉を発する。
「王宮に仕える者が、一匹の魔物を恐れていては……話になりませんよ? ワタシは、煉獄!! 今から貴女を始末しま――」
魔術師の口調がノリに乗って、遂に絶頂期に到達しようとした瞬間だった。
「ねぇ……はやく消火してくれないかな? それとも、僕の胃袋で消化されたいのかい?」
シュティレドが……魔術師の語りに言葉を被せて、穏やかな口調でポツリと呟いた。
先程の体当たりがトラウマになっている魔術師は、この呟きを全身に感じるなり『はい……』と、素直に頷く。
こうして、山に存在する炎は全て綺麗に消火された。
そして、数分後……。
「ねぇ……君たちは、これからどうするんだい?」
急いで立ち去っていく魔術師の姿を横目に、シュティレドが狐っ子達に問い掛けた。
瞬間。
ミネルが周辺を見渡しながら、独り言を突然に呟く。
「イリビィートの姿が、ずっと見当たらないんだが……一体どこに行ってしまったんだ?」
この言葉に対して、狐っ子はニヤリと悪戯めいた笑みを浮かべて言う。
「あたしなら、ズッと此処に居るわよ?」
「えっ?」
不意な発言にミネルは、驚きの声を小さく発しながら……狐っ子の方へ顔をユックリと向けた。




