1章 第11話
とにかく走る……時々前方から飛んで来る数本の矢が身体横をすれ違い、後方のキングプラントを貫く。
ヤバいヤバい、キモイ! なんで俺たちを追ってくるの!?
背後の音はどんどん大きくなっている。
そんな状況を五、六周ほど繰り返し、やっと目的地まで辿り着き息を切らしていると……。目前に居た美女から、心配顔で問われる。
「大丈夫ですか?」
俺は美女の優しさへ答えようとするが……激しい息切れ、血の味が口内を占領し、横っ腹は激しく痛む。
体力を限界以上に使い果たしてしまったおかげで、呼吸をするのに精一杯で声が出ない。
でも、なんか言わないと無視したと思われるな。
「はぁはぁ……。大丈夫、です」
脚全体が痺れるぐらい疲労しているのに強がって、なんとか絞り出した震え声で『大丈夫』と嘘をついてしまった。
「そうですか……!」
美女は天使の様な微笑みを見せる。
そういえば追って来ていた音が、いつの間にか聞こえなくなっているな。
少し気になり後方を振り返ると、矢が貫通するキングプラントの死骸が大量に転がっている。
地面は緑色の液体で染まっていて気持ちが悪い……。
途絶える呼吸をなんとか持ち直し安堵の溜め息を吐いていると、突如セリカの疲労しつつも騒がしい声が鼓膜に届いてきた。
「ねぇ……あなた強いのねっ! はぁはぁ、名前はなんて言うのっ!??」
「え? アネータですけど……」
急に名前を聞かれ、弓矢片手に戸惑いながらも名乗るアネータ。
オイやめろ、美女が困っているだろう。
「アネータかぁ……うん、よく分かったわ」
「え? なにをですか!?」
腕を組んで偉そうな態度で頷くセリカに対し、
(名前を教えて貰っただけで一体なにを理解したと言うんだ?)
きっとそんなことを思いながらアネータさんは顔をしかめているのだろう。
でも、しかめている顔も、天使そのもの……セリカとはエライ違いだ。
そして突然に、
「ねぇ! 私たちのパーティに入らない?!!」
セリカは旅の仲間へと勧誘し、更にアネータさんを戸惑わせる。
お願いだ、もう口を開かないでくれ……アネータさんの意識内に存在する俺たちが変な奴らになる前に。
唐突な質問へ対しアネータさんは直ぐに平常を取り戻し、穏やかな表情で返答する。
「え? あ、いや…………すみませんが現在私はクエスト中なので…………」
ん? クエスト??
じゃあギルド連盟へ登録をしているのか??
美女の右胸あたりを改めて見ると黄色いバッチが付けられていた。
「え、クエスト中? それを言ったら私たちもクエスト中よ!!」
セリカよ、アネータさんは難易度の高い事をしていると思うのでお前と同じにすると失礼だぞ。
――ゴゴゴゴゴッ!!
「「「!?」」」
突如地面が揺れだす。
「なにこの揺れ!!?」
ペリシアが慌てふためいていると、アネータさんが声を張り上げる。
「今回のターゲットによって発せられた揺れだと思います!」
え、ターゲット? なんのこと? もしかしてクエストの討伐対象モンスターの事か??
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!
揺れはさらに激しさを増し、その場で普通に立っている事でさえ困難になる。
現状況に翻弄されアタフタしていると少し先の地面が山の様に盛り上がり、噴火の如く俺の五倍は有る巨大なモグラ姿の魔獣が飛び出してきた。
『グォォオオオオオオー!!』
温和していた畑地帯に、荒れ狂う魔獣の雄叫びが響き渡る。
「キャァァアアアアアー! 何アレ怖い!!?」
本日二度目、俺はセリカに震える手で腕を引っ張られると盾代わりにされた。
「うぉいっ、やめろよ!!」
俺が背後にしがみつくセリカを無理矢理にでも振り払うと、
「アレは今回私が受注したクエストの討伐依頼モンスター……此処ら一帯の魔物を支配する畑の主、『モングラ』です!」
手元の弓矢を構えてアネータさんが言った。
でっかい体格してる癖に名前は可愛いんだな……。
俺が現実逃避をしている真っ最中、アネータさんは眉間にシワを寄せ、矢をセットした弓を激しく弾く、力強く弾く、思いっきり弾く!
弾く、弾く、弾く、弾く、沢山弾く!!
飛んで行った多くの矢先は、見事にモングラの巨大な両目に突き刺さる。
『グォォオオオオオオンンーッ!!』
悲痛の叫びが身体全体を伝わった。
そんなことは関係無しと、アネータはまだまだ矢を飛ばす。
え? チカラ技で勝てる相手なの??
――数分後、勢い良く地面に倒れこむモングラを前にしてアネータさんは見事に勝利。
チカラ技で討伐できるものだったんですね……。
モングラはアネータの放たれた矢を四方に受け、まるでハリネズミのようになっており、その突き刺さった個所から、おびただしいほどの赤い血が垂れ……鉄臭い臭いが俺の鼻を刺激する。
俺たちは勝利に歓喜すること無く残虐な光景に精神が保てなくなりかけるが、不意に聞こえたアネータさんの一言で我を取り戻す。
「あのぉ、さっきのお誘いの件ですがスミマセン……断らせていただきます」
「え、どうして……?」
流石にセリカも目の前の残虐さの所為で元気を失くしているらしい。
しかし震え声ながら、頭を下げ断るアネータさんへ理由を尋ねる。
「私は魔王を倒すというのが旅の目標なので、そんな危険なことに貴方を巻き込めません……」
「え……? なら、丁度良いじゃない……」
「はい?」
「私たちの旅の目的も魔王を倒す事なのよ……」
力のない声で伝えたいことはキッチリと伝えるセリカ。
なんというか、図々しい。
というか俺たちは『出稼ぎ』ではなく、まだ魔王討伐を目標していたのか。
まぁ、少なくともアネータさんは報酬目当ての討伐では無く、世界を脅かす存在から救うためだと思うがな……。
「そうですか、同じ目的ならちょうど良いかもしれませんね」
え?
さっきのセリカの説得的なものでアッサリとパーティに加わることを決意したの??
なんで? 嘘だろ??
……いや、仲間になるわけがないな。
そんな俺の疑問に答える様に、
「よろしくお願いしますねっ!」
アネータさんは元気よく笑みを浮かべる。
「いや、ウソでしょっ!!?」
驚愕のあまり、思わず声に出してしまった。
「え? 私パーティに入れてもらえないんですか……?」
「え、いや……そんなことないです!」
本当にそんなことないですから、逆にパーティに入ってくれたら助かりますから……だから、潤んだ瞳で俺のことをジッと見つめないで!!?
というか、
「なんでこんなパーティに入ってくれようとしてくれるんですか!? こんな馬の骨もいるんですよ!?」
そう言いながらセリカを指差すと、頰をプックラと膨らませて俺に歯向かってきた。
「なんで、私が馬の骨なのよ!」
「うるせぇ、今俺はアネータさんと話しているんだ。話に割り込んでくるなよっ!」
俺がセリカと口喧嘩していると、アネータさんのクスクスとした笑い声が……。
「あ、賑やかな光景についつい笑ってしまいました。 スミマセン」
アネータさんは頭をぺこりと下げた後、笑みを浮かべて言う。
「実は私、魔王討伐を一緒にする仲間がいなくて不安だったんですよ……なので仲間に誘ってもらい嬉しいです!」
あ、もしかして魔王討伐という共通の目的を持つ仲間が欲しかったのね。
しかし、こんな美女と一緒でも誰も討伐に行きたがらないとか魔王どんだけ強いんだよ。
…………。
いや、もしかしたら……アネータさんの戦い方が問題で誰もが避けていくとか??
まぁ、ちゃんとした理由はいずれ分かるか……。
――パーティに弓矢使いの美女が新たに加わった。