5章 第16話
「此処は、あたしの住処よ。外で気絶しているところを見つけたから、介抱してあげていたのだけれど……迷惑だったかしら?」
ミネルが疑問を言葉にするや否、雪のように色白な彼女が優しく言った。
その後……この会話を前置きにするかのように、彼女はスッと扉前まで移動して、木製な戸をゆっくり開く。
刹那。
ミネルは、猛烈な寒さを全身で味わった。
「ゔぅっ、寒っ!?」
身体を小刻みに震わせている中でも、御構い無しに……雪に白く染まった風が、開いた扉の隙間から、襲い掛かって来るかのように部屋内に入り込んでくる。
開かれた扉の外には、吹き荒れる雪原が広がっているのが確認できた。
此処は、万雪山の何処かなのだろう。
と、
扉を開けたままの姿で、彼女が悪戯めいた笑みを浮かべて口を動かす。
「ちなみに、この建物は中腹部に建っているわ……」
ミネルは、この発言から……此処は万雪山の中腹部だと把握した。
そんなこんなしていたら……視界端から、シュティレドの声が聴こえてくる。
「ゔぅ、うーん……」
……やっと、目を覚ましたのだろう。
そう軽く思いながら、ミネルはシュティレドに顔を向けて言う。
「おい、大丈夫か?」
「えっ、どこ此処!?」
シュティレドは、ミネルの心配する一言に答えることなく辺りを見渡し始めた。
そして、シュティレドは彼女と目がピタリッと合う。
「…………」
「…………」
お互いに見つめ合ったまま、無言の状況がしばらく続く。
と、シュティレドがミネルの方に顔と口先を向けて呟く。
「……こ、この人は誰?」
「いや、人見知りかよっ!?」
ミネルはツッコミを入れた後すぐに、彼女のことを紹介しようと、
「この人は、気絶していた俺たちを助けてくれた――」
……口を開いて、説明をしようとしたのだが。
「――命の恩人だ……」
まだ彼女の名前を聞いていなかったミネルは、言葉を濁らせて説明を終わらせた。
そんな大雑把な説明に、シュティレドが首を傾げて言う。
「あっ、そうなんだね。そんなことより……なんで、僕たちは気絶していたの?」
「えっ?」
思いもよらぬ質問内容に、ミネルは戸惑った。
普通この状況からして、質問される内容は……『いや、だからこの女性の名前はなんていうんだよ』とかいうモノが、来るかと思っていたからだ。
気絶していた理由ぐらい、把握しているかと思っていたのに……。
ミネルは渋々に口を開いて教える。
「なんでって……飛行中に、雪風とかに自由を奪われて意識を失ったり――」
再び説明の為に口を動かしていると……シュティレドがキョトンとした表情で、ミネルの話を中断して声を発する。
「雪風、なにそれ? そういえば……扉の隙間から、なんか冷たい風が入り込んで来ているんだけれど。うゔっ、なんでこんな場所に居るのか分からない!!」
……ちょっと待て。
ミネルは、急いでシュティレドに問い掛ける。
「おい……『なんで、こんな場所に居るのか分からない』って、どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。人類種が築いた街を目指していたという事までは、ハッキリと覚えているんだけれど……」
この発言を耳にして、ミネルは確信する。
シュティレドは、記憶を喪失してしまっているのだと。
「……ここは、何処なんだよ!?」
ミネルが色々と感じながら心配している中でも、シュティレドは必死に辺りを見渡し状況を把握しようと頑張っている。
……可哀相なヤツだ。
内心そう思いながら同情していたら、彼女が突然に口を開いて言う。
「そういえば、自己紹介をまだ済ませていなかったわね。あたしの名前は、『イリビィート』よ」
「えっ、あ……はい」
唐突な自己紹介に少しばかり戸惑いながらも……ミネルが自身の名前も紹介しようと、唇を軽く開こうとした瞬間だった。
イリビィートという女性が、付け足すように言ってくる。
「突然だけれど……。早くこの万雪山から、立ち去ってくれないかしら?」