5章 第15話
街を出て、五分ほど歩いた場所に……目的の山は、高く険しく聳え立っていた。
「……これを登るのか」
ミネルは、大きく構える山の頂を遠目で見つめながら呟いた。
実のことを言うと……山の頂点は、雲で隠れていて見ることはできない。麓からは。
山の天辺を包み隠すように、霧ともいえる雲が浮遊しているからだ。
それと……山の中腹から頂まで、白い雪で銀色に染められている。
このことから……頂を包み込んでいる雲は、雪を降らしているのだと分かった。
『万雪山』。
名前のとおり……年中、雪化粧に染まった山なのだろう。
そんなこんなミネルが、目前の山を瞳に映しながら考えていると、
「よし……それじゃあ、登ろうか。さぁ、僕の腕に掴まって」
シュティレドが……ミネルに向かって、右腕を差し向けながら言った。
「お、おう……!」
ミネルは、少しばかり戸惑いながら……差し出された右腕を握る。
刹那、
「う、うぉおおおおぉおおーっ!!」
シュティレドが、顔面を真っ赤にして全身を力ませはじめた。
背中から黒鱗翼を生やそうと、力を込めているのだ。
この突然の行動に、ミネルは若干に驚いた。
そう、若干……。
吸血族の街でも、この翼を生やす時の行動は目にしていたから……別に『突然、頭がおかしくなったのか!?』などと、大混乱することは無かったのだ。
「それじゃあ、飛ぶよ!!」
ミネルが、シュティレドの一言を鼓膜に響かせるやすぐに、足裏が地面から離れた。
シュティレドが、背から生やした黒鱗翼を大きく勢いよく羽ばたかし始めたのだ。
「シッカリと掴まっていてね!」
この言葉が、ミネルの耳に響いた頃には……既に山の中腹寸前にまで迫っていた。
この場に来る前、街で老人は『吸血族なら、三時間で山を登りきれる』とか言っていたが……そんなに時間は掛からなそうだ。
そんな軽い気持ちで、シュティレドとミネルが飛行して……中腹あたりまでたどり着いた時だった。
――ビュオオォオオオオーッ!!
風が空気を切り裂く音と共に、冷気と雪粒が、身体へ纏わり付くよう吹き荒れはじめた。
「な、なんだ急に!?」
ミネルの視界は……吹き荒れる雪の所為で、白く染められる。
シュティレドは霞んだ視界の中、眼を凝らして……なんとか頂を目指そうと、懸命に翼を羽ばたかせてみる。
……のだが、
「すまないが、限界だっ!!」
シュティレドは……風を強く浴びて雪が纏い付いている、自身の翼を見つめながら、弱音を口にした。
「おい、大丈夫か!?」
ミネルの心配する言葉に、シュティレドは首を横に振る。
既に翼は……冷たさに麻痺して、動かなくなっていた。
刹那。
山の中腹あたりにて、飛行不可能になったミネルたちは……雪風に舞って、空中にて自由を奪われてしまう。
尋常じゃない寒さ、悪い視界が……体力を奪う。
頭がぼんやりとして、段々と思考回路が正常に働かなくなってきた……。
「う、ううぅゔ……」
ミネルとシュティレドは、二人揃って気絶した…………。
「――あら、お目覚めかしら?」
目を覚ましたミネルが聴いた第一声は、鈴音のように美しいモノだった。
そして、視界には……温かみのある木製な天井が映った。
天井が真正面に見えるということは、仰向けで横になっている証拠であろう。
「ゔ……うぅぅ?」
ミネルは、少し混乱しながら……身体をユックリと起こしてみる。
すると……美しく白い着物を身に纏う、白長髪に色白肌な女性が一人、視界に映り込んだ。
全体的に白く染まった姿が『雪』のような彼女は、細身で若い美女だと判断できる。
そんな彼女に続いて……瞳を閉じて横になるシュティレドが、視界に入り込んできた。
倒れているシュティレドを目前にして……ミネルは、自分が気絶していたことを自覚した。
「こ、此処は、どこだ……?」
ミネルは、パチパチと音を立てて燃える暖炉を前に、首を傾げる。