5章 第14話
旅行先の落ち着かない空間の中で書いたものなので、誤字が多いかもです。
建物内に入ってみると……食卓机に椅子や台所といったモノが目立つ、ごく一般的な生活感が溢れる部屋が広がった。
食卓机に並べられた椅子の数が、一つという事から……独り暮らしなのだろう。
台所上に置かれる食器量からも、一人暮らしであろうことが想像できる。
そんな部屋の中を、ミネルが見渡していたら……絵の具のようなモノで描かれた下手糞な似顔絵が、ジッと目に留まった。
大事そうに、壁の高めな場所に貼られている。
察するに……老人の顔をモデルに描いたモノだと思う。
と、
「見ての通り……この部屋には、椅子が一つしかない。私からお願いするのに、腰を掛けて話し合うのが不可能とは、申し訳ない」
老人が突然、ミネルとシュティレドに頭を下げて言った。
この言葉に、シュティレドが笑みを浮かべて返答する。
「いやいや、全然大丈夫だよ。それより……依頼内容について、教えて欲しいな」
「そうか。本当に、すまない」
老人は再び謝罪を言葉にすると、依頼内容について説明をはじめる。
「先ほども話したと思うが……君たちには、『万雪山』という山に登って、とあることを確認してきて欲しいんだ」
「とあること?」
シュティレドが、『とあること』という単語に喰いついた。
すると、老人は更に深く説明を開始する。
「私の故郷……。それと、故郷に祀られていた、狐っ子の様子を確認してきて欲しいというモノだ」
「……狐っ子?」
ミネルが、ポツリ呟くと……少しばかりの沈黙が訪れた。
その後すぐに、老人は悔んだ表情を浮かべながら口を開いて答える。
「実は私は、万雪山の頂上にある村の村長を務めていたんだ。しかし三年前、この街に移り住んだ……」
老人は、語るときも語り終えた後も……悲しみにくれた表情を浮かべ続けている。
なにか不幸な理由があって、この街に移り住んで来たのだろう。
ミネルは、街に移り住んだ理由を老人へ訊ねようかと思ったが……問い掛けるのを多少に踏み止まった。
理由を訊いてしまったら……老人は、悲しい出来事を思い出してしまうのではないかと、感じたから。
そんなことを考えるミネルとは裏腹に、シュティレドが言う。
「良ければ……なぜこの街に移り住んだのか、教えて欲しいな」
この発言に、ミネルは少しばかり戸惑った。
老人の顔色を伺いながら、戸惑った。
だが、そんな心配は他所に……老人は、少々の笑みを浮かべながら唇を動かす。
「あぁ……いくらでも話してやるさ」
ミネルはホッと安堵の一息を吐きながら、老人の声に耳を傾ける。
「あの壁に貼られた、絵を見ておくれ」
シュティレドとミネルは、老人の指差す方向へ視線を移す。
刹那……先ほどに確認した、絵の具で描かれる下手糞な似顔絵が映った。
そんなイラストを目前に、老人が再びに口を動かす。
「アレは狐っ子が描いてくれた、私の似顔絵。私の趣味は絵を描くことで……よく狐っ子に、絵の描き方を教えてあげていたんだよ」
この言葉を耳にして、ミネルは納得する。
壁に貼られている下手糞な似顔絵は、狐っ子とかいう者が描いたモノだということを。
そして……老人の趣味が、絵を描くことだと。
とりあえず、どうでもよいことを納得した。
と、
老人が笑みをこぼし、嬉しそうに呟く。
「どうだ。狐っ子の絵は、上手いだろう?」
「あ、はい……」
ミネルは、愛想笑いをして首を縦に振る。
決して、下手糞と正直に言える状況じゃなかった。
そんなミネルを隣に、シュティレドは口を開いて質問をする。
「この絵が、この街に移り住んだという事と……どんな風に関係が有るの?」
老人は、この言葉を前に……コクリと頷いて語る。
「アレは狐っ子が、三年前のあの日に……私にプレゼントしてくれたモノなんだ」
「三年前のあの日……?」
ミネルは、遠慮気味に聞き返してみた。
すると、老人がおっとりとした口調で返答する。
「言葉足らずだったな……すまない。あの日とは、私がこの街に移り住む事となった日のこと。三年前、万雪山の焼き払いが行われた日のことだ」
「万雪山の焼き払い……。万雪山の頂上には、村があるって言ってなかったか? いや、でも……村長であった貴方が此処にいるってことは――」
ミネルが多少に動揺しながら、言葉を綴っていると、老人の口が開く。
ミネルが続けて、『大丈夫だった』などという安易な言葉を述べようとした時……老人の口が、悲しい笑みを浮かべながら開いた。
「村人は皆んな、焼け死んだよ」
「…………」
早朝な部屋の窓から入り込む斜光さえ遮断してしまいそうな、真っ黒な沈黙が訪れる。
「い、いや……もしかしたら――」
ミネルが慰めようと、声を発しようとするなり……老人の口が又も悲しみにくれながら開く。
「いいや……全ての村人の焼死体を、この目で確認したんだ。生きているなんて希望はないさ」
逆効果だったと、ミネルはスグに口を動かしたことを後悔した。
こんな感じに、どんよりと会話が続く中……シュティレドが首を傾げながら言う。
「アレ? でも、なぜ村人だった貴方は此処に生存しているの??」
この質問に、老人はすぐに答える。
「その日……私は狐っ子と下山して、この街へと買い物に来ていたんだ」
「そうなんだね」
シュティレドは納得した様子で、首を縦に振った。
そんな頷きを目前に、老人は更に口を動かして語る。
「買い物を終えて、村へ帰ろうとした瞬間に……山に火が灯った。燃やされた。狐っ子は、唖然と立ち尽くす私を置いて……一人で山へと駆け登っていった。その数日後、私も追って村へと帰った。そして、全焼した村……屍と化してた村人をこの瞳に、焼き付けた」
老人は、溜まったものを全て愚痴るよう静かに吐き出した。
ミネルとシュティレドは、黙って耳を傾けていた。
と、
老人の話が終わりを迎えるなり、シュティレドは再び問い掛ける。
「なんで、山が燃やされたんだい?」
否、老人は又も口を開いて言う。
「この街の者たちが、山から下山する狐っ子を目にして――」
老人は、おぼつかない口調で語る。
狐っ子に、申し訳ないと遠慮しているから……おぼつかない口調になっているのだろう。
そんな途切れ途切れな遠慮気味な言葉を前に、シュティレドは言い切る。
「話をまとめると……狐っ子の所為で、村が燃やされたんだね」
「違う、狐っ子に責任は無い。悪いのは、聖獣である狐っ子を、甘やかしてしまった私だ」
穏やかな口調でだが……言い返すように、老人は言い切った。
そんな言葉を前に……シュティレドは、悪戯めいた笑みを浮かべて口を開く。
「まぁ、なんでも良いや。それよりも、依頼内容は……山頂にある村で狐っ子が生存しているのかを確かめるって、ことで良いんだね?」
「あぁ……そうだ。頼む、よろしく頼む。現在の私の歳では、山を登るのに二日は掛かるので、とても助かる。報酬は、それなりの物を用意しとく」
こんな二人の会話を前に、ミネルが首を傾げて言う。
「なぁ……村人は全員、死んでしまった筈じゃないのか? 要するに、狐っ子という奴も……」
「何を寝ぼけたことを言っているんだい?」
ミネルの疑問に、シュティレドが笑みを浮かべながらツッコミを入れた。
刹那……ミネルは『えっ?』っと、首を傾げてみる。
さっきの老人の話だと、村人は皆死んだと言っていた。
話を聞かずに寝ぼけているのは、シュティレドの方だろう。
ミネルが内心で、逆に小馬鹿にしていると……シュティレドが呟く。
「死んでしまったのは、村の『人』だけだろう? 逆に村人の焼死体は確認できたが、『聖獣』である狐っ子の焼死体は、見つからなかったということ。じゃあ、まだ狐っ子の生存説があるだろう」
老人は、この発言を前に……コクコクと頷いている。
どうやら、話をシッカリと理解していなかったのは、ミネルの方だったらしい。
ミネルは、少しばかり赤面した。
というか老人、もう少し理解しやすく話してほしいな。
そう感じながら、ミネルが頬を赤らめていたら……老人が言う。
「人類種な者が、万雪山の頂上へ到着するのには普通、一日丸々を費やして登山するのだが……君みたいな吸血族の類の魔族なら、三時間ぐらいで、頂上に辿り着くことが可能だろうな」
この発言に、シュティレドが笑みを浮かべながら返答する。
「僕が魔族だってことを理解しながら……家の中に入れてくれていたんだ」
「あぁ……。山に引きこもっていた老いぼれな私でも、人類種と吸血族の違いくらい見分けが付くさ」
老人は、ニッコリと優しい口調で言い切った。