5章 第11話
「い、一体それは……どう言う意味だい?」
シュティレドは、かなり動揺しながらも……喉から声を絞り出して問いかけた。
すると、ミネルはスグに口を開いて答える。
シュティレドの右腕を引いて、脚を懸命に動かしながら。
街出口を目指しつつ、唇を動かす。
「本当は、分かっているんだろう? 他人だけでは飽き足りず……自分の心に対しても、嘘をついて騙すのか?」
ミネルがそう語りかけるなり、シュティレドは眉を八の字にして言う。
「なにを、伝えたいんだ!?」
「伝えたいんじゃない。気付いてほしくて、助かってほしいんだ」
ミネルは唇を開いて言葉を発しながら……街出口を目指して、懸命に脚を動かす。
と、
老いた声が空間に響き渡る。
「おいっ、シュティレド!! 異種族のお前を、この街に住まわせてやっていることを忘れてしまったのか!? 恩を仇で返すとでも、いうのかっ!?」
刹那……この発言は、シュティレドの頭の中で、雑音の如くうるさく反響する。
『異種族』、『住まわせてもらっている』、『恩を仇で返す』……。
この言葉が、脳内で何回も再生され……シュティレドは、とてつもない罪悪感を感じた。
罪悪感を抱いてしまった所為で、胸がとても苦しくなったシュティレドは……地面を強く踏み締め、ピタリと脚を止める。
同時に、右手を掴んでいるミネルの前進も止まった。
「なにをしているんだよ!? 本当にお前は、このままで良いのかっ!!」
ミネルは、俯いて強く踏ん張るシュティレドに向かって叫んだ。
お節介なことをしているのだと、分かってる。
余計なことをしてしまっているのだと、把握している。
馬鹿げたことをしているのだと、理解している。
それでもミネルは、上を見上げて……下を俯くシュティレドに、続けて叫びかける。
「お前が俺をこの街へ連れて来るために使った口実は、『仲間』だったな。別に、ほかにも使える言葉は有ったはずだよな!?」
「なにが言いたいんだ……?」
シュティレドが俯いた状態で、元気なさげに返答するや否、ミネルはスッと息を吸い込み、ひと思いに吐き出す。
「お前が、この街から出たいと思っている筈だと……俺は思っているんだ。違うか?」
「…………」
シュティレドは、下唇を固く噛み締めて無言を貫く。
そんなこと構わないといった感じで、ミネルはまだ口を動かす。
「なぜこの街にこだわる!? 自分のことは自分の好きなように決めろよ、自分の人生なのだから! 世界は広い。その分だけ、お前を理解してくれる人だって――」
「知ったような口を聞くなっ! お前は、なにも理解していない!!」
シュティレドが、目を見開いて声を荒げた。
そして、そのまま怒ったような口調で言う。
「僕が『吸血種』と『龍神族』の両親から生まれた、『混血種』ということ。僕の両親が、昔この街を滅茶苦茶にして消え去ったことも! なんも、なんにも、お前は知らないんだ!! なのに、知ったような口を聞くなよっ!!」
怒号が止まるなり……ミネルは静かに再び唇を開いて、シュティレドへと優しく伝える。
「あぁ……俺はなにも知らない。でも、今は……お前から教えてもらったことだけは、知っている」
「なんだよそれ……」
シュティレドは、呆れたような口調で小馬鹿にした。
それでも、ミネルは口を開いて言う。
「お前がどんな奴かは、まだ分からない。でも、分からないことは、知ろうと思えば分かるようになる。だから、お前のこと……もっと教えてくれよ」
「なんで、そこまでして……僕に構ってくるんだ? そんなことをして、なんの意味があるんだい!」
「別に大した理由はない。けど、お前は俺を助けようとしてくれた。だから、俺もお前を勝手に助ける。それに……俺たちは、一瞬でも旅をした仲間だろう? 仲間を助けるのに、意味なんて要らないさ」
ミネルが言い切ると……シュティレドはポツリと呟く。
「助けてと、言った覚えは無いんだが……?」
と、そんな話し合いをしている時。
「主っ、大変です!! 吸血花が、謎の二人組によって……焼かれました!!」
若い街人が数人……布で顔を隠す三人組へと急ぎ寄って、慌ただしく伝えた。
刹那……年老いた声が、覚束ない口調で問いかける。
「な……うっ、嘘だろう? 吸血花が、焼かれた!? 誰にだ!? 一体、どこのどいつに焼かれたんだ!!」
この声を聞き受け止めた街若者は、再び慌ただしく唇を開く。
「炎を操る青年と、黄金の剣を振るう銀髪の少女。人類種であろう、二人組です!! この街に、いつ入り込んできたのか……」
「そうか、分かった……」
老いた声は、一言で返事を返すと……アラバランティスを引き連れて、二人急いで吸血花の所へと向かっていく。
ミネルたちには、目もくれずに。
そんな中……場に残された三人組の一人が、鋭い声でミネルたちに言う。
「お前らを捕まえるのには、俺だけで十分だ。二人まとめて、消し去ってやろう」
瞬間、シュティレドの両脚が大きく動く。
そして、
「君のせいで、僕はこの街に居られなくなっちゃったようだね。責任を取ってくれよ?」
シュティレドは呟くと、ミネルの右腕を思いっきり掴んだ。
「えっ!?」
予想外に腕を掴まれた所為で、ミネルは動揺してしまう。
次の瞬間、シュティレドは……額にシワを寄せ、苦痛の表情で、身体全身を力みはじめた。
込める力は掴んだ手先を連結して、ミネルの右腕にも通達する。
痛みとして。
「いだだだだだだっ!?!?」
腕が折れてしまいそうなぐらいの痛みを感じて、ミネルは顔を真っ赤にして叫ぶ。
人類種が、本気を出しても……これ程の痛みを感じさせる程の握力は出ないだろう。
そんな苦しみをミネルが味わっている中、鋭い声を発する者は段々と近付いて来ている。
……あぁ、近寄ってきてる。
ミネルが、ヤバいから逃げだそうと……足を動かそうとした時だ。
シュティレドの背中から勢いよく、大きな黒鱗翼がバサリと生えてきた。
服なんか関係無しに突き破って、生えてきた。
「さあ、飛ぶよ!」
「えっ、飛ぶ?」
シュティレドの理解不能な言葉に、ミネルが戸惑っていたら……フワリと身体が空中に浮かび、足先が地面から離れた。
「うおぉぉおおおおぉーっ!?!? なんなんだよ、急に!?」
ミネルは、空中から地面を見下げながら大声で叫ぶ。
視界下には、空を見上げて翼を広げようとしている吸血族たちが確認できる。
と、
シュティレドが微笑みながら、柔らかい口調でいう。
「いつか、この街に再び戻って来るとき……君は僕のことを助けてくれるかい?」
『いつか、この街に戻って来るとき』、この言葉でミネルは察した。
この街から、出ていく覚悟を決めたのだと。
「あぁ、良いぜ。仲間だからな」
返って来た答えにシュティレドは、にこやかに『ありがとう』と言葉を返す。
その後すぐに、柔らかい口調で言う。
「なぁ、近くに人類種が築いた街が在るんだけれど……寄ってみないか?」
「良いけど……。また騙しにきているワケじゃ、ないよな?」
ミネルが冗談めいて返答すると、シュティレドが軽い口調で言う。
「今回は、騙したりなんかはしないよ」
「そうか……。なら良かった」
「うん。それじゃあ……、追っ手を振り切るぐらいの速度で飛ぶから、僕にガッシリと掴まってね」
追っ手というのは、翼を持つ吸血種のことであろう。
ミネルは命令通りに、ガッシリと全身に力を込めた。