5章 第6話
――吸血鬼たちが棲まう街へと入った挙句……後悔して、逃げ出そうとしたら捕まり、木の太い幹にキツく縛られたミネルの姿が、そこにはあった。
現在、天を見上げたら……黒闇の空に月が一つ輝いているのが、確認できる。
そして、ミネルの視界には……赤く荒ぶり燃える大きな炎を囲んで、談笑を楽しむ吸血鬼たちの姿が映っている。
と、
ミネルの鼓膜に……何気無い一つの会話が、流れ込んでくるように入ってきて響く。
「今日の獲物は『男』か……」
「そうだなぁ。まぁ……老いぼれよりは、旨いだろう」
どうやら……ミネルという『生物』を『食物』と捉えて、批評をしているらしい。
こんな評価を受けたミネルは、密かに思う。
……『食べ物』じゃなく『生き物』として、俺のことを捉えてくれ。
ミネルにとって、先の『食べ物』としての批評は、どうでも良かった。
今はとにかく、『生き物』として……生きて、この街から脱出したい。
この『想い』というか『願い』で、一心なのだ。
そんなこんな欲望を感じていたら……ミネルの正面に、三人の布を被った者が近づいてきた。
「最後となる晩餐会を迎える気持ちは、どうかね?」
一本の杖で、腰の曲がった身体を支えている者が……布下から年老いた声を発して、ミネルに問い掛けた。
突然に質問されたミネルは……縛り付けられた身体の中で数少なく自由が利く、唇を動かして返答する。
「最低な気分で、最高な感じだ……」
「最高な感じ……? 別に強がらなくても、良いんだぞ??」
返された言葉に疑いをかけながら、老いた声が言った。
刹那……ミネルは首を横に振りながら、静かに呟く。
「別に強がってなんかいない。有りのままに、事実を伝えただけだ……」
ミネルにとって……この晩餐会は、『食者』としてではなく、最初で最後の『食物』として参加する、晩餐会。
現状、ミネルは……過去最低に悲しい気分を味わいながら、未来へと最高に不安を感じている。
ミネルは……紛れもなく、真実を述べていた。
と、
「この者の、曇らぬ真面目な眼差し。嘘は付いていない……」
布で顔を覆った細身の者が、鋭い声で言った。
瞬間、少々驚いた感じに……年老いた声が、空間に響き渡る。
「なぬっ、強がりではなかっただと!?」
ミネルは幼き頃から……言葉足らずな言い回しで、多くの人々を勘違いさせてきた。
どうやら今回も……言葉の意味が、誤解して伝わってしまったらしい。
会話が成り立たないというのは、話が噛み合っていないという悪さだけが目立つが……今回は、悪さが良い方向へと動いているのだろう。
まぁ……そんなこと、『話し手』も『聞き手』も気付いていないんだが。
つまり、この場の皆は……話が噛み合っていると、思い込んでいるということだ。
「これから俺は、どうなるんだ?」
ミネルは、分かりきっていることを、わざわざ言葉にしてみた。
『食べられる』と返答されたら、既にミネルは……『食べ物』としてしか見られていない。
逆に『殺される』や『死ぬ』など返ってきたならば……まだ『生き物』として捉えてくれているということだ。
質問するという行為は、分からないことを確認するということ。
ミネルは、分かりきっていることを訊いたのだが……同時に、不明な点をハッキリさせるために、分かりきったことを訊いてみたのだ。
そんな質問に、老いた声は言葉を返す。
「どうなるかぐらい、分かっているだろう……?」
返答されたら言葉は、どちらでもなかった。
この時、ミネルは思う。
……現実って、なかなか上手く進まないよな。
とくに今日は。
次話こそは、ギャグを入れたいと思います。