5章 第2話
……コレから、どうしよう?
ミネルが、魔物の屍を見つめながら……色々と思いつめていた時だった。
「美味しいなぁ。久しぶりのご飯は、やはり格別だ」
友の亡骸以外なんにも無かったはずの背側から、突然に声が響いてきた。
……え? 誰だ??
ミネルは、そう疑問を抱きながら……すぐさま後方へと顔を向ける。
刹那、
「あっ、どうも……」
そんな挨拶を口にしながら……死んでいる友の首筋を噛んで、血をチュウチュウと吸っている男が……ミネルの瞳に映った。
男の肌は真っ白で、真っ赤な唇からは尖った犬歯が顔を出している。【人類種】のような体型をしているが、魔物であろう。
「えっ!? いつから、後ろに居たんだ!? てか……誰だ、お前っ!?」
ミネルは目が合うなり、思わず質問をしてしまった。
唐突に問いかけられた男は……友の血を更に勢い良く吸い上げながら、微笑を浮かべ発言する。
「えっ、僕? 通りがかりの、お腹が空いた者だよ。別に、気にしくても良いからね」
「いやっ、目前で血を吸ってる奴がいて、気にしない奴は……多分いないよ!? メチャクチャ気になるよ!? というか、俺の友達の血を吸うなよ!?」
男の返答に、ミネルは……誘導されるように、ついついツッコミを入れてしまった。
瞬間、男は申し訳なさそうに呟く。
「あっ、君の友達だったんだ? なんか、申し訳ないね……。でも、あと一口だけ――」
「いや、吸わせねぇよ!?」
ミネルは、そう言い放つや否や……男から友を無理矢理に奪い取った。
結果的に、口内が寂しくなってしまった男は……何かに指先をスッと向けながら、首を傾げて呟く。
「じゃあ、アレだったら良いのかな?」
「アレ……?」
ミネルは、男の声を聞き取るなり……『アレ』の正体を確かめるべく、指が向けられる方へ視線を移す。
刹那、魔物の屍が視界へと入った。
「いや、駄目だ」
ミネルが返答すると、男は口を動かして言う。
「えっ、何故かな? 僕はシッカリと見ていたんだよ? あの魔物の命を……君が奪い取る瞬間を。殺すということは、何かしらの恨みを持っていたんだろう? なら、庇うことないだろう」
返ってきた言葉へ対し……ミネルは、一言も反論することが出来なかった。
と、
男が……悪戯めいた笑みを薄っすら浮かべ、付け足すように唇を開く。
「といっても……本当は冗談で、魔物のマズい血なんか、ハナっから吸う気は無かったんだけどね」
……え?
ミネルは……突然の言葉に少しばかり戸惑いながら、口を動かして男に質問する。
「ど、どういう意味だ……?」
「そのままの意味だよ? 君に『駄目』と言われても、『良い』と返されていたとしても……僕は、絶対に魔物の血を吸うことは無かったという意味だよ」
瞬間的に返答された言葉を聞き取ると……ミネルは、男へと更に問いかける。
「じゃあ……なんで、そんなこと聞いてきたんだよ?」
「気分だよ」
「気分……?」
「あぁ……。なんとなくの気分さ」
こんな短い会話がひと段落すると……。男は、話題を変えるかのように、微かな声量で呟きはじめる。
「……そういえば、君。なぜ魔物を殺す時に、少し躊躇っていたんだ?」
ミネルは、この一言を聞いた瞬間……ハッキリと答えることを決め、口を開く。
「馬鹿らしいけど。俺は……魔物と仲良くなってみたいんだ」
刹那、男は軽く笑いながら返答する。
「チョッと、なに言ってるか分からない?」
この反応に、ミネルは若干に頰を赤らめて再び口を開いて言う。
「馬鹿にするなよ!? 確かに、人類種は――」
「いいや、別に馬鹿にはしていないよ」
ミネルが照れながら、発言している途中……男が声を被せて言った。
その後も、男は続けて口を動かす。
「魔物と人類種が、仲良くなれば……素晴らしいことが起きるかもね。例えば、殺し合わなくて済んだりとか?」
この発言を聞いたミネルは、黙ってコクコクと頷いた。
と、再び男の口が開く。
「そうだ。これから君はどうするんだい? 見たところ……仲間を失って、独りぼっちになった、駆け出し冒険者のようだけど??」
「えっ?」
突然な質問に、ミネルが若干に戸惑っていたら……頼んでもいないのに、男が自己紹介をはじめる。
「そうだ。自己紹介が、まだだったね……! 僕の名前は、シュティレド。今の君と同じ、孤独者さ!!」
「いや、勝手に俺を『孤独者』にするなよ!」
「ちなみに僕は、魔物さ!」
「いや、なんとなくだけど……分かってたよ!」
そんな風に会話を広げていっていた時だった。
シュティレドが、何気ない雰囲気でポツリと呟く。
「魔物な僕と、人類種な君とで……この世界を旅してみないか?」
「えっ……!?」
唐突な願いに、ミネルが少し困惑していると……シュティレドが言ってくる。
「そういえば、近くに街がある!! とりあえず、其処に行ってみよう!!」
「えっ!? いや……、俺まだ何も言ってな――」
ミネルが困りながら返答をしていたら……シュティレドに右腕を突然掴まれ、無理矢理に次の街へと引っ張り連れて行かれそうになる。
こんな状況の中、ミネルは慌てて言う。
「分かったよ! お前と一緒に旅をするよ!! だから、手を無理矢理に引っ張るな!? というか、友達をこのまま此処に放置することはできない!!」
この発言が聞こえたシュティレドは、ピタリと脚を止めて言う。
「そうか! それじゃあ……友達に墓を造ってから、街へと急いで向かおう!!」
「お、おう……」
ミネルは、『何故、急ぐ必要がある?』と思いつつ、首を縦に頷いた。