1章 第9話
セリカがカウンターのおばさんにクエストが記される紙を渡すと、交換で少し大きな長方形の紙を手渡されていた。
そんな様子を遠目で見ていた俺は、眉をハの字にして首を傾げる。
「なにを貰ったんだ?」
だが、距離が離れ過ぎていてセリカへ声は届かず、例の大きな紙は自身の目前に来るまで正体不明だ。
と、
おばさんと会話を終えたようだ。
カウンターを離れたセリカは、満面の笑みで口をパクパクさせ、此方へ駆け向かって来る。
「ねぇ、二人とも! キングプラントがウジャウジャ沸いている所への道順が描かれている地図を貰ったわよっ!!」
この発言で、少し大きめな紙の正体は地図だと判明したが……。
一体討伐で一万ゼニーの魔物が、ウジャウジャ沸いているのってヤバくね??
と、
ペリシアが、急いだ様子でセリカへと近づき……地図を手元から勢い良く剥ぎ取って、地図をジックリと見はじめた。
「えっ!? そんなに急いで来てどうしたの!?!?」
セリカが、地図を無理矢理奪い取ってきたペリシアへと尋ねると……安堵のため息と共に返答される。
「さっき、ふと思い出したんだけど……。この前、畑に盗み入ったのよ。でも、大丈夫! 違う畑だったからっ!!」
ペリシアは、ウインクと共に地図を持たない右手でグッドマークを作り笑みを浮かべる。
……いや、盗みを行なった畑が存在するだけで大丈夫じゃないだろう。
俺は心奥深くで思うが……声に発すると面倒くさいことになりそうだった為、辞めておく事にした。
――地図を頼りに着いた、広大な農村地帯。
際ほどまで居たギルドなどの建物が建ち並ぶ市街地とは違い、見えるのは……土、土、土、土……。
茶色い土しか瞳に映らない……。あっ、それと顔に『へのへのもへじ』が描かれている案山子が数体……。
って、
「いや、話し違くない!? モンスターどころか、猫一匹の姿も見えないじゃんっ!?!?」
俺がそう叫ぶと、隣からペリシアの声が聞こえてきた。
「生き物ぐらい、いるに決まっているじゃない……。ほれっ、まさにコレとか」
そう言って、土で汚れている小さなミミズを投げてくる。
俺は、瞬時に素早く飛んできたミミズを躱すと叫んだ。
「おい、やめろよ! 俺虫嫌いなんだよ!!」
そう言うと共に、ペリシアが驚いた表情で口を開く。
「そ、そうなの!? じゃあ、今回のクエストは厳しいんじゃない……??」
「なんでだよ!」
驚愕するペリシアへ声を張り上げて尋ねると、説明される。
「えっ? キングプラントってモンスターは、普通よりも若干大きなミミズに似た生き物のことなんだよ!?」
……え? そうなんですか??
俺はてっきり、植物系モンスターかとばかり……。
しかし、ペットにする変人が居るくらいだ……そんなに強くはないだろう。
俺が、そう心中で考えているとペリシアの説明が再び開始する。
「でもね、今は確か繁殖期で……」
瞬間、
「キャァアアアアアアっ!?」
セリカの叫び声が聞こえた。
急いで叫び声がした方を見ると、セリカの足下にウジャウジャと普通よりも少し大きめなミミズが二、三匹うねり暴れていた。
それに、よく見てみると……。
ミミズの癖に、サーベルタイガーの様な立派で鋭い牙が左右口元から二本ずつ飛び出している……小指ほどのサイズだが。
多分、地中にまだまだ沢山ウジャウジャと潜んでいるのだろう……。
俺は視界に映る悍ましさに鳥肌を立てつつ……視線をペリシアへと戻すと、小さく呟かれた。
「この時期は、とても凶暴で……人喰いミミズになるの……。ごめん、お金欲しさにペットにする人が居るって嘘ついちゃった!」
だろうな……全然、大きいし可愛くねぇもんっ!!
あと、前々から思っていた事だがペリシアの性格コロコロ変わりすぎじゃね?!
ん?
「ぬおっ!? 知らぬ間に、俺の足下にもいるんだけど!?」
俺は地中から畝り現れるキングプラント数匹に喰われまいと、ヒノキ棒をズボンポケットから取り出して振り回す。
近い距離でセリカとペリシアも同様に手に武器を持ち、振り回していた。
コレだけでも疲れるのに、平面地形の所為で太陽の日差しがモロに直撃し、体力が更にもっていかれる。
「もうイヤッ! 誰よ、こんな過酷なクエストを受注しようと言い出したのはっ!?」
唐突に弱音を吐くセリカに俺とペリシアは何か言い返そうと思うが……暑い中、武器を振り回すのが精一杯でそれどころじゃ無かった。
――なによりも、
「なんだよ此奴ら、不死身かよ!?」
俺は一匹の討伐すらも半ば諦めて叫ぶ。
おかしいだろう。
二度三度……いや、十発以上叩いても中々倒れる気配が無いんだが!?
それに、なんかヌルヌルな体液で俺の相棒『ヒノキ棒』が湿りはじめている……キモい、汚ない、気色悪い!!
続けてペリシアが言う。
「こんな奴らを甘く見過ぎていたアタシが悪い!! だから、クエストを諦めて町へ帰りましょう!!」
「そ、そうだな……数分の間だけれど、俺たちはキングプラントと互角に闘ったんだ! だからもう撤収しても良いよな!」
俺は闘い抜いたと自分へ言い聞かせ、ギルドでクエスト受注取り消しに使えそうな言い訳を心中考える。
『――数が多くてシブトかった』
本当のことだし、受注取り消しの理由はコレで良いか!
そうと決まれば……
「よし、帰ろう!!」
俺が完全に諦めた時……視点中央に見えるキングプラントの頭部に、一本の矢が何処からともなく飛んで来て貫通した。
「うわっ!? いきなり矢がっ!?」
俺は瞬時に驚き声を上げ、脚に絡み付くキングプラントを振り払いキョロキョロと辺り一帯を見回す。
矢を放った者の正体を懸命に探すが、何処にも見当たらない。
「急に大声なんかあげて、どうしたの……?」
しつこく付き纏うキングプラントを怪訝な表情で振り払うペリシアから問われた。
「彼処のキングプラントに矢が刺さっているだろう?」
俺が指差す方向へ視線を向けたペリシアは、ようやく矢の存在に気付いた様で発射した者を見つけることに専念しはじめる。
そんな中、セリカは身体中にキングプラントが纏わり付き苦しそうに踠いていた。
「ゔぅ……ぐるじぃ…………」
それを目にした俺は顔をニヤつかせながら言う。
「俺が断る中、無理矢理このクエストを選んだお前の自業自得だ……。というわけで、暫くそのままでいろ」
俺の皮肉言葉を耳にしたセリカは、悔しさをムキーッと歯を食いしばり表情として表に出す。
まぁ、そんな事よりも
「矢は何処から……?」
首を左右に動かしていると、俺の瞳が遠くに人影を確認した。
「ん……なんだアレ? 案山子とは別物だな」
眩しい日光が視界を遮る中、目を凝らすと……俺の半身ぐらいある大きな弓矢で魔物を退治している女性だと判明する。
しかし弓矢を持つ勇ましさに反して、顔立ちはパッチリと大きな赤眼に艶やかな赤毛のロングヘアー。
全体を確認すると長身で、スラリと長く綺麗な色白い脚が目立ち……胸は、出しゃばるように膨らんでいる。
男なら誰しも一度は想いを寄せる……理想の女性像そのものだ。
熱い視線を送るが、美女は猛威を振るうキングプラント退治に夢中で、俺のことは眼中に無いようだった。
俺は女性に見惚れつつも……他に人は居ないか一帯を見通すが、弓矢を持つものは愚か一切の人影も確認出来ない。
そうだと分かれば、矢を飛ばしたのはあの人で決定だ。
俺は少し湿るヒノキ棒をポケットに収めると……急いでセリカの元へ駆け寄り、全身に纏わり付くキングプラントを頑張って剥ぎ取ってやる。
その後すぐに……ペリシアの名前を呼ぶと、弓矢を手にする美女の方へ三人で急ぎ向かった。