俺(40)の友達が結婚することになった
「実は俺、結婚する事になったんだ」
3年ぶりに地元の喫茶店で会った若松がそう言いだしたときの俺は、さながらガソリンを撒かれた薪のように嫉妬の炎をメラメラと燃やした。
理由はもちろん俺が結婚していないことだ。だが加えて40歳無職童の俺とタメを張れるくらいイケていないあの若松が、あの若松が結婚するなんて。俺はまるで長年飼い続けた犬に初めて噛まれたかのような気分だった。
妬ましい! お前らなんか別れてしまえ!
だがその心の声とは裏腹に俺は「おめでとう」の5文字を発していた。乾ききった雑巾を、ねじ切る寸前まで絞って水を出すかのように、ではあるが。
若松も中年の太ったオッサンだが、同級生の俺も同じく40過ぎのオッサンである。素直に友達の結婚を祝えるくらいには大人になろうと必死に自分の心に言い聞かせた。そうだ、若松が結婚したところで俺がこれ以上不幸になるわけではない。
懸案事項は、会社をクビになった俺が結婚式のご祝儀をどうやって捻出するのかといったことくらいだ。
「これ、彼女の写真なんだけどさ」
そう言って笑顔の若松は携帯電話の画像ファイルを見せてくる。
こういう時の俺の対処法は決まっている。画像を見た瞬間に相手の顔を見て「可愛い彼女だね」と言うのだ。
例えそれが言い知れぬブサイクだったとしても。
彼女や妻の写真を見せてくる男は決して見せられる側の意見なんて求めていない。褒めて欲しいのだ。
40歳無職童貞という強過ぎる称号を手に入れた俺でもそれくらいは理解していた。
理解していたと思ったのだが、携帯の画像を見た瞬間俺の声は「可愛い彼女だね」の最初の「可」の「k」の無声音で止まった。
必死に「か、か……」と窒息寸前の猿のように声を搾り出そうとするのだが、続きを言うことが出来ない。そうして一分間汗を吹き出しながら考えた後に俺がひねり出した言葉は
「……人?」
だった。
「人だよ! 失礼だな」
若松は憤慨して俺から携帯を奪い取った。確かに若松は自らをB専だと宣言するゲテモノ好きだった。だからといってアレはゲテモノの域を超えている。
おそらく若松のいうB専の「B」とは「バ〇ギラス」もしくは「ボストロ〇ル」を指すのだろう。
「あ、そうだ。彼女とキスしてる写真あるんだけど見る?」
グロ画像見せんな。と思ったのだが問答無用で携帯を突き出してくる若松。
そこに写っていたのはキスシーンというより「捕食シーン」だった。
彼女の体があまりに大きく若松の体を覆い隠しているため頭から喰われているようにしか見えない。
心配になった俺は
「その彼女、本当にに大丈夫なのか」と聞いてみた。
ちなみに俺のいう心配というのは「結婚詐欺なのではいか?」という心配ではなく
その携帯に写っている生き物に「交尾が終わった後にオスを食い殺す習性がないか」ということや
「交尾の終わったオスに卵を産み付ける習性がないか」
といった心配である。
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと卵は砂浜に産むって言ってたから」
やっぱり人外じゃないか!
「心配すんなって。それと結婚式、お前も来てくれよな。ご祝儀なんて持ってこなくて良いからさ」
と若松は手を振りながら笑う。本当に嬉しそうに笑うのだ。
その笑顔も見ていると俺も若松を応援したくなってきた。確かに彼女が人でない確率と、若松が彼女に食い殺される可能性はゼロではない。だが、本来人生とは本人の納得いくようにやるべきなのだ。他人が口出しすべき事では無いのかもしれない。
俺にできることは、バイトを始めてご祝儀代を捻出することと、結婚式に行ってみて本当に彼女が人間でない場合に改めて若松を諭すことのみだ。
俺は「絶対行くよ。結婚おめでとう」と最初の「おめでとう」よりいくらか自然に笑って見せた。
さて、何のバイトをしようかなぁ。
おわり
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