準備
「さて、ひとまず根城は見つかった。しばらくはここで寝食をする」
「認識阻害とかそこら辺の魔法は一通りかけておいたわ。一応私が出来る最大の強さにしてあるけど、油断はしないでね」
「分かっている」
ボロボロという訳でもないが、使われたのは随分前であろう縦長の建築物の一室に俺たちはいる。家だったのか、あるいは宿だったか定かではないが、どの階層にも二十を超える部屋が存在し、その全てに十二分に生活できる設備が備わっていた。しかし、どの部屋にも人はおらず、管理しているものすらいないこの場所がなんなのかは見当がつかないが、使えるものは何でも使う。遠慮なく使わせてもらおう。
「で、これからどうするの?」
「まずは繋がりを作る。現地の住人しか知らないような話や場所は多く存在するからな。今のうちに聞いた情報を正しいか、正しくないかを確かめられるような駒を作っておく必要がある」
「……あんたがどうしてこの国を選んだか分かったわ」
「話が早くて助かる」
彼女はまたか、という意図を含んでいるようなため息を深くつき、座っていた布団に顔を埋めた。
「私そのやり方あんまり好きじゃないからやるなら一人でやってね」
「分かっている。金を調達してくる。しばらくいないが出て街を見るのもいいし、何をしてもいい。騒ぎは起こすなよ」
「はいはい」
彼女は俺に目を向けることなく手だけをあげて俺を送った。
「……あんたこれどこから持ってきた」
「親が隠していたものだ。死んだ今となっては金の方が大事なんでな。聞いた話だと随分と高い値で買ってくれるらしいな」
「……待ってろ」
機械的な街並みの中に似つかわしくない、この木造建築の店は物品を金に変えてくれる、早い話が換金所といったところだ。店主であろう老父を見てどうしてこの店だけがこんな佇まいなのか分かった気がする。どう見ても頑固そのものだ。綺麗な棚を見る限り、頑固さは筋金入りだろう。
「…………あいにく今の店の経済状況ではこれは買い取れない。すまないが他を当たってくれ」
「有り金全部でいい。それでいいから金にしてくれ」
「…………なんと言った?」
「あんたが持ってる全額とこれを交換でいい。俺が欲しいのは価値のある石じゃない、価値のない金だ」
「いやしかし……」
「あんたは後からその石を他の奴に売って儲ければいいだろ。俺は今すぐ金が欲しいんだ」
「……分かった」
「80000エドか。これを元手に始めるとするか」
あの重かった石が片手で収まるくらいの通貨になったかと思うとなんとも面白い。あの店の有り金を全部貰ったわけだが、あの老父が深く訪ねてこなかったあたり、少なくとも期待は出来そうだ。
「おいあんた」
後ろから背中を軽く叩かれ振り返ると、神妙な顔つきでこちらを見ている青年が立っていた。褐色がかかった肌に黄色い目、背は俺より頭一つ低いが、ここまで歩いていた間にすれ違った住人を見る限りでは、彼はかなり高い方に分類されるだろう。
「何か用か?」
「あんたさっきから何うろうろしてんだ。何か落としたのか?」
「いや……」
どうやら彼は俺を心配してくれているみたいだが、見たところそれほど裕福ではなさそうだ。くたびれた服にあまり手入れされていないボサボサの髪の毛。まずはこの青年からだな。
「…………実は俺は旅をしている身でな。今日ここに着いたばかりなんだが、いかんせん初めて来たものため右も左も分からないんだ。君さえ良ければ少し案内してはくれないか?」
「いいぜ。ただ「出すものは出そう」……決まりだな」
やはり金目的だったか。はじめにこの国を訪れたのは本当に正解だったようだ。世界で最も貧富の差が激しいと言われているこの国は、金さえ払えばなんでもするような奴も多いと聞いた。この状況を最大限に利用させてもらおう。
「名前は?」
「カッシュだ」
「俺はエンデだ。よろしくな、カッシュ」
「おい、秀大。妙なものが紛れ込んだぞ」
「なんだよ柏木、言われなくても分かってんだよ」
暗い部屋にいる二人の視線の先には複数の巨大なモニター。画面が映しているのは二人の人物。一人はローブを羽織り、縦横無尽に屋根から屋根へと飛び移る。もう一人は現地の人間と何やら話しながら国を歩いている。
「しかし、あれだけの魔法陣を組んでいたはずなのにどうしてこうもやすやすと突破できたのだろうか」
「焦る必要はねえ。俺たちにかなう奴なんて神か他の屑どもぐらいだ。何してるか知らねえけど蝿がただただ飛んでるだけだろ?殺そうと思えばいつでも殺せる。今はどうせ飯の周りをうろちょろしてるだけだ。飯に着地しようとしたら殺せばいい」
「あの話してる奴は誰だ?」
「カッシュだ。第三労働階級所属、L-1地区在住の男だ。種族はマレバで「もういい」……なぜ止める」
「国民全員のありとあらゆる情報を知ってるのはいいことだが、お前はすぐに要らないことまで言いたがる。名前と階級さえ分かればいい。こいつを使おう」
「久しぶりだな、お前がそれをやるの」
「まあな。久々にやるけど気分がいい」
彼はそう言って静かに目を閉じた。