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文章下手の練習帳 その12

作者: きと さざんか

お題『満月だろうと三日月だろうと、月には変わりない』or『束縛こそが永久の愛の形 』【秀才】

 夜闇の中で、甲高い音が弾けるように響いていた。

 一つや二つではない。たったの一秒で十数の音。それが止まらず、黒い森の木々を震わせている。

 欠けた月は、雲に隠れてよく見えない。だというのに、音は、音の主たちは、まるで暗闇など無いかのように激しくぶつかっていた。

 一瞬、音が止む。すると次は、肉を打つ音が木々の葉を震わせ、散らせた。

「がふっ!?」

 木へと叩きつけられたのは、人だった。声からすると、女性のようだ。

 白いコートと、両手に持つ刃が、黒い闇の中で微かな色を放っている。それ以外は、闇に紛れてよく見えない。

 よほどの勢いでぶつかったのだろう。木を背に、ゆっくり倒れ込んでいく。

 意識はあるようだったが、体に力が入っていない。呼吸も乱れている。

「あら、もう終わってしまったのかしら? エクソシストが情けない」

 声は、女性の向かいから飛んできた。

 幼い少女を思わせる声だった。緊張感など、どこにもない。先ほどまでの応酬が嘘かのように、嬉しそうな声だった。

 余裕と言ってもいい。少女は、女性を脅威として見ていない。

 少女もまた、半身を木の影で隠されている。見えるのは、さらりと輝く赤いドレス、ロウの様に白い手、そして、血のような色をした紅く輝く瞳だった。

 エクソシスト、と呼ばれた女性は、少女の声を聞いて気力を振り絞り、立ち上がった。まだ荒い息のまま、両手に持ったダガーを構える。

 胸元で、十字の形をしたペンダントが光った。これが、エクソシストと呼ばれる強者たちが持つ、力の証である。

「なめるな、吸血鬼。悪魔にやられるほど、弱くはない」

 女性が声を張り上げる。悪魔、という単語を強調し、少女への戦意が衰えていないことを知らしめた。

「ふふふっ、頑張れ頑張れ」

 吸血鬼と呼ばれた少女は、嬉しそうに踊る声を出す。森に不似合いなドレスを優雅に躍らせて、女性の方へと歩く。

「ちっ!」

 女性が、少女に向かって突っ込んだ。体勢は低く、幼い少女よりもさらに体を沈めていた。小回りの利くダガーを少女に届かせるため、あちらが攻撃しにくいように。

 対して、少女は軽やかな足取りで女性を迎え撃つ。小さく可憐な手を、ただ前に突き出した。

 少女の口が、裂けたかのような笑みを作る。瞳がさらに紅色の光を放ち、すぐそこに迫る女性を見つめた。

 手に、赤い光が生まれた。徐々に光は強くなり、ガラス玉程度の大きさになると同時、

「無駄よ、むーだっ」

 赤い光が爆発した。

 衝撃波が、女性を襲う。疾走していた体が、あっさりと浮かび上がった。足場を失い、また後ろへと吹き飛ばされる。

 だがこれは、女性の予測の範囲内だった。空中で体勢を変える。先ほどぶつけられた木に、今度は足を突き刺すかのように、打ち込む。

 女性は、木を新たな足場として、前へ出た。飛び出す勢いで、足場になった木が倒れる。木々に遮られていた月の光が、やっと居場所を見つけたかのように、入り込んできた。

 だが、そんな光景を見ている暇は無い。見るのは、敵たる吸血鬼の少女。その首をはねて、十字を突き立てるまで、気が抜けるはずもない。

 少女の不可思議な力。人ならぬ超常の者たちが持ち、魔法と呼ばれる力は、戦闘の訓練を積んだ女性でも苦戦するほど厄介だ。再度使われる前に、仕掛けなければならない。

 少女もまた、女性の動き方を読んでいたらしい。体ごとぶつかろうという突撃を、今度は両手で受け止める。

 ダガーが、少女の指先とぶつかる。しかして少女の指は震えることもなく、銀の刃を受けきった。さらに一撃を振るわれても、少女は動じない。むしろ、さらに笑みを濃くして女性の攻撃を受け流す。

 少女の笑みは、余裕とあざけりの両方が混じっていた。女性を、ただの羽虫か何かとでも思っているかのように。

 女性は、歯を食いしばりながら、何度も何度も刃を叩き込んだ。そのどれもが緩急織り交ぜた変幻自在の一撃である。だというのに、少女はただ指で触れるだけで、刃をあっさりと跳ねのける。

 今日は、吸血鬼の力の源、月は欠けている。新月間近の細い月ならば、吸血鬼の力も衰えるはずだった。今日こそは、少女の首を跳ね飛ばす最良の夜だったはずだ。

 女性の表情を見て、少女は、笑みに哀れみを混ぜてきた。

「私にとって、月は満月だろうと三日月だろうと、変わりない。そこら辺の三流と一緒にされちゃ困るわ。私は、一流よ?」

 悔しいが、そのようだ。実の所、吸血鬼が全く活動できなくなる新月に仕掛けたかった。

「昼ならばともかく、夜は私たちの時間よ? 無茶にもほどがあるのではないかしら?」

「うるさいっ!」

「キンキンとうるさいのはどちらかしら? おとなしく、あの子を返すなら腕の一本くらいで許してあげるわよ?」

「誰がっ!」

 少女の言うあの子とは、先日、城から助け出した一人の男の子のことだ。十歳かそこらながら、不思議な、どこか常人とは違う空気をまとう少年である。わざわざ吸血鬼の城を離れてまで追いかけてくるとは、よほどのお気に入りらしい。

「人間は臭くて、汚くて、醜い獣だけど、あの子は別。せっかく見つけたのよ? 他人の物を奪うなんて、酷いと思わないの?」

「どうせ、お前らのエサにでもする予定なんだろうが。それを見逃す私たちではない!」

「分かってないわねえ」

 少女が腕を振るうと、ダガーが二本とも砕け散った。

 舌打ちをする余裕もなく、女性は飛びのいた。武器を失ったまま戦うなど不可能だ。

 少女の腕が伸びてきた。それを、間一髪ですり抜ける。捕まったが最後、一瞬でバラバラにされてしまう。

「エクソシストは、ホント、虫みたい」

 笑みを消し、つまらなさそうに少女は言う。

「あの子は特別なのよ。人間として生まれたのは惜しいくらい」

「眷属にでもするつもりか!?」

「いいえ、あの子は人間のまま、生かしておくの。死ぬまでずっと。私たちにとっては、瞬く間でしょうけど」

「そんなことをして、どうする?」

「どうする? ……馬鹿ねえ。別にどうともしないわよ」

「ならば、目的は……」

「だから、目的は、あの子が死ぬまで愛で続けることよ」

 言葉通りに受け取るならば、少女はあの子を殺すつもりはないということか。だが、死ぬまで、などと言われては当然渡す気など起きない。

 少女は女性側の空気を気にした様子もない。もはや、興味は尽きたと言わんばかりに、視線を空へと、月へと移す。

 月光は薄く、濃い闇を切り裂くにまではいたらないが、少女の姿を照らすには充分だった。

 女性とは違い、爪ほどのケガも無く、上品なドレスにほころびは無い。体つきは細く、見た目だけならば普通の少女と見えなくはない。

 決定的に人間と違うのは、燃えるように輝く瞳と、凶悪に伸びた牙。まとう雰囲気には強烈な圧迫感があり、普通の人間ならば、この空気だけで意識を失える。

 女性が対抗する手段を考えていると、少女は小さく呟いた。

「お前たちだって、食い物を飼うじゃない」

「なに……?」

「愛でるために、食べるために、自分勝手に。偉そうな態度を取るけれど、文句なんて言える立場じゃないでしょう?」

 少女が言うのは、ペットや家畜のことだろうか。

「だから、私があの子を飼ってもいいじゃない。私にとって、愛とは束縛、永久の愛の形。食べたりなんてしない。ただ、死ぬまでずうっと、一緒にいてもらうだけよ」

 少女の口調はあたりまえのようで、さらに人間への侮蔑も含まれている。

 勝手な言葉に怒りが湧き、女性は叫ぶ。

「人間は、貴様らのペットではない!」

 が、

「それを、豚相手に言ってみたら?」

 冷えた視線が、女性を射抜くだけだった。

「まあ、しょせんは人間だものね。言葉が分かるからといって、話してあげたけど、無駄なのは変わらないか」

 少女は、女性が動かないのを見ると、気品にあふれたしぐさで、ゆっくりと背を向けた。

「そろそろ帰らないと、日の出になってしまうわ。いつか取りに行く。それまでは、あの子は預けておいてあげる」

 女性などどうでもよさそうに、少女は森の闇の中に姿を消していった。

 相手をするのが面倒になったか。それとも、人間を相手するのがつまらなくなったのか。

 女性は、命拾いした安心感よりも、屈辱感にさいなまれる。

 あの少女が帰らなければ、自分は確実に殺されていた。女性の戦いもむなしく、やろうと思えば、少女はいつでも女性の命を刈り取れたのだろう。

 いくら歯噛みしても、圧倒的な実力差は明白で、女性をみじめにさせるばかりだった。

 しばらく、動けない。やっと思考が落ち着いたのは、水平線から太陽が顔をのぞかせた時だった。

 太陽が昇っている間は安全だ。吸血鬼は陽の光をとても嫌う。

 ふらりと足りあがり、女性は基地へと歩み始めた。

 今度こそは討つと。間違いなく討つと。

 そう誓って、そう願って、力のない足取りで、帰路についた。

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