無知無欲
一通り騒ぎ、落ち着きを取り戻した俺と少女は、気まずい沈黙の中、向かい合って座っていた。
(とりあえず俺はまだ犯罪者じゃない。犯罪者じゃない犯罪者じゃない犯罪者じゃない……暮浪楔……お前は犯罪者じゃ……ないッ!)
心の中で一心不乱に唱え、現実逃避をする楔。
だがしかし、目の前の現実はけして変わらず、外から差し込む柔らかい日差しが目の前の少女を優しく包んでいる。その光景はどこか神々しくも感じる。
勿論気のせいだが。
「あ、あのさ……お嬢ちゃん?」
また叫ばれても困る、と判断した楔は、刺激しないように少女に話しかけてみる。
しかし、少女はまるで恐ろしいものでも見るかのような視線を向けてくる。
(俺はライオンとか幽霊じゃねぇぞ……そもそも突然現れたお前の方が怖いわ)と内心毒づきながらも、楔は笑みを浮かべる。
普段笑などあまり浮かべない楔のそれは、子供が見たら泣き出しそうな恐ろしい笑と化したが。
「別に怖くないから、とりあえず、どこから来たのかと誰なのか……この二つくらいは説明してくれ」
だが、怯え中々話さない少女。
ただ待っているだけも居心地が悪く、部屋が薄暗い事に気付いた楔は、電気を付ける事にする。
先程の魔法陣の所為か、前よりも散らかった部屋。
そんじょそこらに散らばった雑誌を踏みながら、楔は壁に備え付けられた電灯のスイッチにたどり着く。
怖がられてんのは薄暗いせいか、などと考えながら電気を付けたその時。
「……〜〜〜〜ッ!?」
少女は声にならない叫びをあげ、落ちている雑誌で足を滑らせ、ずるべったんと顔から転びながらも、部屋の隅に置いてある机の下に隠れてしまう。
それを見て楔は
(あぁ、声にならない叫びってあるんだなぁ……)
などと呑気に考えていた。
「君あれか?吸血鬼か?」
いや、吸血鬼には太陽光だろ、とセルフツッコミを入れながら少女の様子を伺う。
そして楔は気づく。少女は幼めな見た目をしていながら、その容姿は綺麗とも言えるものだった。
光を弾く艶やかな黒髪。くりくりした大きめの瞳や、小さい口により幼く見えるのだが、その中に綺麗さが垣間見得る。
背丈は座り込んでいて分かりづらいが、恐らく中学生くらい。
(やっぱりこれって見つかったら警察行きだよな……)
誰がどう見ても、怯える中学生(女子)を無理矢理連れ込んだ高校生(男子)という、危ない光景である。
「勘弁してくれ……」
思わず呟かざるをえないこの状況。けして楔が自ら作り出した訳ではない。
だが、突然女の子が部屋の中に現れました。なんて説明して誰が信じるだろうか。
そんな事を言いだしたら病院行き確定である。おいどうすんだよ。
「もう、どうだって……やめとこ」
何やらいけないものを感じ取った(気がした)楔は途中でやめておく。
そんな楔の様子を不審に思ったのか、少女は胡乱げな瞳を向けながら、ついにその小さな口を開き、鈴の音のような声を発する。
「……お兄さんはお馬鹿なの?」
「第一声これは酷いだろ!?」
今までの彼の葛藤なんて知らない少女にとっては、仕方ない事である。
少女は警戒しながらも机の下から這い出てくる。その時、強かに頭を机にぶつけ、頭を抑え涙目になっていた。
「俺よりバカじゃね……」
これにバカ呼ばわりされたのか、と思うと悲しくなってくる。
そんな悲しくなっている楔の元に少女は近寄り、ずいっと顔を近寄せて怒ったように口を開く。
「邪光村の月鬼依芽!ヨリメは馬鹿じゃないっ!」
怒ったようにではなく、完璧に怒っていた。
だが、ちゃんと質問には答えた少女――依芽を見ながら楔は首を捻る。
「どこの村だよ、それ。聞いたこともないぞ……」
「……嘘は言ってないよ?」
もう既にジト目が板に付いてきている依芽。
最初の一言からずっとジト目である。
「とか言われてもな……って、ん?」
そこでようやく楔は気付く。
依芽の不自然なその部位に。おでこの左右に、少しだけ顔をだす小さな突起物に――
「角!?なんで角生えてんの!?」
「えっ……?あっ……あっ……」
そこで依芽も漸く角を隠し忘れたのに気付いたのだろう。焦りながら両手で角を隠そうとする。
そんな様子を見て、楔はあの胡散臭いエセ紳士(忘れたい事だから名前は忘れた)の言葉を思い出す。
『君が私では嫌だと言うからね。適当な魔法陣を組んでペアを呼び出したのだよ』
『騒がしいな。言わなかったかね?ペアは君達の言う神や天使、悪魔、それにモンスターや妖怪などしか認められないのだよ』
「……つまりこの子は妖怪かなんかなのか?……そんなバカな」
魔法陣を見た人間が何を今更、とどこかであのエセ紳士が言っている気がする。
「よ、ヨリメは妖怪じゃないもん!憑き護だもん!」
「つきご?なんじゃそりゃ?」
「憑き護っていうのは――」
依芽がそこまで口を開いたその時
「ルール説明に来ました――ルールブックです。以後お見知りおきを」
何処からともなく楔と同じ年齢くらいの、少年が胡散臭い名前を名乗りながら現れたのだった。