四聖獣――???
青白く光る魔法陣。
幾何学的な模様が重なったそれを、眺める十の瞳。
蒼、紅、銀、黒、そして金。
五人――否、五匹の生物がそこには居た。
『四聖獣』
東西南北、五行、十二支、十干、八卦、惑星、春夏秋冬など、数々のものを司る中国の聖獣。
東の青龍を始め、南の朱雀、西の白虎、北の玄武が四聖獣のメンバーだ。
だが、それらのメンバーに加え、特殊な立ち位置の者が一人、この場の雰囲気に馴染めず所在なさげに目を游がせていた。
「金よ、何を迷う事がある?我らの中でも貴様が最適だと我は思うぞ?貴様はまだ若い」
長く鱗に覆われた体躯、鋭い鉤爪と牙、蒼い瞳を持つ生き物は、金の瞳を持つ少女に言う。
十代後半くらいの容姿。その姿は金の髪とお揃いの瞳により、幻想的な美しさを有している。
だが、人ならざるものに囲まれる彼女もまた、人ならざるものとしての特徴を持っていた。
髪から少し出た角。それは、見ようによって髪飾りに見えない事はないが、どう考えても人間に備わるものではなく、明らかに別生物のものだ。
「えっ、えっと……その、この金めが出るような幕ではないと言いますか、なんと言いますか……」
少女はビクッと肩を震わせると、萎縮した様子で蒼い瞳の者にそう返事をする。
「うふふっ……相変わらず金は可愛い子ですわ。そんな心配必要ないと言っていますのに」
「……紅」
茶化すように話に混じったのは、紅い瞳をした巨鳥。
その様子を呆れた蒼い生物が、咎めるように名を呼ぶ。
「蒼はお堅いですわね。もう少し余裕を持った方が良くてよ?」
クスクス笑いながらおちょくる紅い鳥。
「黙れ。貴様が居ると話が進まん」
「そうとも限りませんわ。わたくしはちゃんと同意したんですもの」
蒼い瞳と紅い瞳が火花を散らすなか、銀の瞳の獣が金の少女を見つめる。
「えっと……銀様?金めに何か御用でしょうか?」
「……お腹空いたの」
ズコーッという効果音が似合うだろう動作で、金と呼ばれる少女がずっこける。
(ぎ、銀様は何を考えてらっしゃるんですかぁ!?)
心のうちで銀の生物の場違いなセリフに、ツッコミを入れて立ち上がる金の少女。
「ふぉっふぉっふぉっ……若いもんは元気じゃのう。儂もあやかりたいもんじゃ」
そのタイミングで、今まで傍観を決め込んでいた黒い瞳の生き物が口を挟む。
逞しい足に、いかにも硬そうな甲羅。それは黒い鎧に身を包んでいるようにも見える。
「黒、あんたはこれを見てそう思うか?」
「あ、あの……黒様まで……」
「ふふっ、もう歳ですものね、黒は」
「…………」
口々に黒と呼ばれる生き物に、言いたい事を言う四匹。
「ふむ、とりあえず儂も蒼に賛成じゃ。金はもう少し経験を積むべきじゃ。リターンも無ければリスクもないこの遊戯、経験を積むにはよいチャンスではないか」
だが、大人の余裕か、黒は全く動じずに話を進める。
その通りだと頷く蒼に、もう言いましたわと笑みを浮かべる紅。
銀はボーッと何処かを眺めている。
「で、ですから、金にはまだこちらで成すべき事が残っております……!!」
「それは皆同じ事じゃ。だが儂らのうち、誰かが呼ばれた。なら、若く経験の少ないものが行くべきじゃ……そうじゃろう?」
真剣な眼差しを向ける黒に、金は拗ねたような顔をしながら渋々頷く。
「よし、やっと決心がついたようだな。では、金。貴様にある物を授ける」
「ある物でございますか……?」
「あぁ、貴様には自らの能力をここに置いて行ってもらう」
「えっ?えぇぇぇぇぇ!?」
流石にここまでは驚かないだろう、と思わせる程に驚く金。
そんな金のオーバーリアクションを見て紅と黒が笑う。
「何、ハンデというやつだ。貴様が慣れている土を使うと話にならん可能性があるからな」
蒼が理由を述べる。後々この判断が金に恨まれる事になるのは、もう少し先の話だ。
「それ故に我の木、紅の火、銀の金、黒の水の四行――『四神四行』を使ってもらう」
そう言うと蒼は、その大きな鉤爪に引っ掛けた、金の石が埋まった首飾りを差し出す。
それを受け取った金は、諦めたように項垂れる。
「分かりました……分かりましたよ。この未熟な金めをどうぞコキお使い下さい……」
すっかり卑屈になった金を眺める四匹は、さっさと行けよという無言の圧力をかけてくる。
「あの……皆様に最後に聞いてもよろしいですか?」
そんな圧力を受けながらも、気になっていたことを聞こうと四匹に向き直る金。
「金めを派遣する本当の理由はなんでございましょう?」
その問をぶつけられた瞬間、四匹はそんなもの決まっているという表情をして言った。
「「「「面倒だから」」」」
「そんな事だろうと思いました!!一度痛い目にでもあって下さい!!」
顔を真っ赤にしながら怒り、金の少女は魔法陣の中に進んで行った――
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「そう言えば蒼。あれは言わなくて良かったのでして?」
「ん?何のことだ?」
金が魔法陣と共に消えた後、突然紅は蒼にこんな事を聞いた。
「……『四神四行』の制限」
銀が独り言を言うかのように、ボソッと呟く。
そしてそれを聞いた蒼はなんだ、そんな事かとどうでも良さそうに言う。
「分かっていて言わなかったに決まっているだろう。その方が面白いだろう?」
そのセリフに全員が成程、と納得してそれぞれの仕事に戻る。
どうやらここには、金の少女に味方など居なかったようだ。